全損保結成70周年記念シンポジウム 70年を語るパネルディスカッション たたかいとる力を高めるために企業の枠をこえて 2019年11月9日 於)主婦会館プラザエフ

産業別単一組織だからこそできる
「一人一言」、サマージャンボリー

「所属している産業」という意識が
産業の歪みや問題点を感じる力を培う

浦上  関連して私からパネリストの立場で「すべての運動は組合員の声と思いから」と題した記念誌第15章に関連して発言します。
 全損保と共闘・交流している他産業の労組幹部の方々から言われている、全損保だからできるという運動・とりくみがあります。「一人一言」運動とサマージャンボリーです。「一人一言」運動は、全損保がこれまで5回実施しました。全損保の組織形態の良さが一番よく表れている運動で、他の産別ではできない運動です。全損保以外の労働組合は、外形上では産業別ですが、○○労働組合連合会といった企業単位の労働組合の連合体です。それぞれの単組のとりくみが主体ですから、日常の仕事ではライバル会社同士の組合ということになります。ですから「一人一言」運動を各単組に提起しても、組合員の受け止めは「他の会社の人に自分の職場のことを伝えても意味がない」とか、「自分の会社の秘密をなぜライバル会社に言わなければならないのか」という感覚が強く、組合員から意見が集まらず運動にならないとよく言われます。全損保でも、各支部・独立分会は企業ごとに束ねられていますが、それぞれは企業で言えば支店です。会社がライバルでも、従業員は「単一の労働組合」をつくっていますので、「一人一言」運動ができるのです。先ほど荒木さんが損保民主化運動の話をされましたが、全損保の組合員には、自ら所属している企業に対する意識と同等に、「自ら所属している産業」という意識があり、産業の歪みや問題点を感じる力を持っています。それを単一組織ということで全体に発信しようという感性が歴史のなかで培われてきたと思います。この「一人一言」運動は、何年に一回といったように定期的に行っているわけではありません。損保産業が、各社が、職場が大きく変化し、私たち損保に働く者にとって大きな影響が生じた時、その変化や影響を「自らの実態を声に出そう」と時の全損保執行部が職場に提起し、その声や思いから、産業、職場の歪みを明らかにして、「どう改善していくのか」というとりくみにつなげてきています。こうした「仲間の声と思い」を土台とする運動は、全損保だからできるという認識をぜひもってもらいたいと思います。

住友闘争の解決を生んだ若者のエネルギーがサマージャンボリーへ

   もう一つは、サマージャンボリーです。これも、全損保にしかないものだと思っています。そのことを説明するには「住友闘争」の話をしなければなりません。1960年代の分裂で住友支部でも全損保から脱退した人たちが、住友海上労働組合を作り、即日、経営との間で協議会を開いて「ユニオンショップ協定」を結びます。ユニオンショップ協定を一言で言えば、「従業員は組合員でなければならない」というものです。住友海上労組は全損保住友支部の委員長・副委員長・書記長の4人について「住友海上労組の組合員でないから、協定に基づいて首を切ってほしい」と経営に要請しました。経営はその労組の要請を唯一の理由に解雇したとんでもない事件です。これに対し、全損保は、「この攻撃は損保に働いているすべての労働者にかけられているあらゆる形の『合理化』攻撃と質は全く同じであり、不当解雇撤回は私たち自身の要求である」として、住友海上を社会的に包囲する運動とともに、裁判闘争にとりくみます。そして、全損保のストライキ権を確立し、最終段階で当時38,000人いた全組合員が一斉にストライキを行使して4人を職場に復帰させて勝利解決したたたかいです。その住友闘争では青年婦人の仲間たちの行動が勝利解決に大きな力となりました。当時の青年婦人部は次のような方針を掲げました。それは「青年婦人が闘争の先頭に立ち、必ず住友四君を職場に戻す」「全損保スト権行使を成功させるための全国的な行動を強めるとともに、裁判勝利をめざし全力を尽くす」というものです。その方針のもとで、全国の青年婦人組合員が、住友海上の営業所を回りはじめます。「全国縦断自動車ラリー」とか「自転車ラリー」で市内宣伝行動や集会を開催して住友海上の酷さを全国で訴え社会的に包囲する行動の中心になってとりくみました。そのエネルギーが住友闘争解決の力になりました。当時の本部は、その盛り上がった若い人のエネルギーをどうやって組合員相互のつながりに結び付けていくのかということを一生懸命考えたそうです。そして、住友闘争を解決した翌年の1976年7月に、14地協すべてから700人にものぼる青年婦人が長野県白馬村に集まって「第1回サマージャンボリー」が開催されます。当時は、「若者の祭典」と言って、損保に働く青年婦人自らが創意工夫をしながら発展させ、今も白馬村で続いていて、今年で44回目を迎えました。現在のサマージャンボリーは「若者の祭典」とは言い難くなっていますが、全国の全損保組合員に呼びかけて企業の枠をこえて一堂に会して楽しむことができる場であることは、継続できていると自負しています。他の連合体でもこうした行事を企画していますが、何十年も続いているとは聞いたことがありません。宿泊を伴うサマージャンボリーに、九州から、北海道から今でも100人を超えて集まることができているということが奇跡的なことだと思います。

平和は損保産業の基盤

   最後に、記念誌の最終章にある平和のとりくみについてです。結成時以来、「損保は平和でなければ成り立たない産業」という損保労働者の認識はずっと続いて、今なお「平和と民主主義を守る」という運動につながっています。全損保は、広島の平和記念公園内に労働組合として唯一記念碑を持っています。そして今なお、そこで、原爆投下の時刻に「損保従業員原爆犠牲者慰霊祭」が続けられています。「平和を守る」と叫んでいても守れるものではありません。一人ひとりの組合員が、慰霊祭や広島で行われる損保平和交流集会や憲法改悪反対などの署名へ参加することで、平和の尊さと平和を守るための運動の大切さについて認識しあい、その積み重ねがなければ守り続けることはできません。こ記念碑の碑文、「なぜあの日はあった なぜいまもつづく 忘れまい あのにくしみを この誓いを」を、全損保組合員全員が共有して欲しいと思います。そして、平和を守る運動へ積極的に参加もらうことを呼びかけて、私からの報告とします。




←前のページへ  このページのTOPへ  次のページへ→