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損保平和交流集会・損保従業員原爆犠牲者慰霊祭 核廃絶・平和への思いを次世代へ |
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8月5日・6日、全損保は原水爆禁止世界大会に連帯し、損保平和交流集会・損保従業員原爆犠牲者慰霊祭にとりくみました。交流集会には31名、慰霊祭には40名を超える仲間が参列しました。
8月5日(日) 損保平和交流集会 あらためて知る 原爆の残虐性・非人道性 損保平和交流集会は、「核兵器のない世界」をめざす「原水爆禁止世界大会」に連帯し、平和は尊く、平和は自らの手で築いていくものだということを確認しあう場、そして参加者相互が交流する場と位置付け、毎年、被爆地・広島で開催しています。 今年は、ややもすれば日々の仕事や暮らしの中で薄れがちになる「平和・民主主義の大切さ」「核兵器・戦争の恐ろしさ、悲惨さ」について今一度、学び、ともに考える時間にと企画し、とりくみました。 主催者あいさつで全損保・浦上委員長は、昨年、国連において「核兵器禁止条約」が圧倒的多数の賛成で採択されたこと、そしてその採択に尽力したことで非政府組織「ICAN」がノーベル平和賞を受賞するなど歴史的な年になったことに触れました。そして日本でも「核兵器廃絶」や「原発問題」等に多くの学生や市民が関心を持ち、行動に示したことで大きなうねりができつつあると語りました。一方、唯一の被爆国である日本政府が「核兵器禁止条約」採択の国連会議に参加しなかった事実、そして、安倍政権が「安保関連法」や「共謀罪法」等、平和と民主主義を脅かす法律を矢継ぎ早に成立させ、明文改憲をも視野に日本をふたたび「戦争のできる国」にしようとする動きを強めており、それに抗する運動を広げていくことの大切さが強く訴えました。また、今年で3年目となる「折鶴」のとりくみでは、その数が昨年を上回ったこと以上に、各職場単位で声をかけたり、各種の集まり毎に1羽2羽と折ったりと、とりくみに参加する組合員が増えたことに運動のひろがりが感じられると語りました。 つづいて、被爆者の証言で構成されたDVD「ヒロシマで何が起こったか」を上映。原爆が投下された直後の広島の街や人々を映し出す映像と被爆者の方々の証言に、参加者一同、圧倒され、あらためて原爆・戦争の残虐性、非人道性、そして平和の尊さを考える時間となりました。また、学習素材として呉を舞台に戦時の市井の生活が描かれた「この世界の片隅に」が紹介されました。 次に、全損保の平和のとりくみの象徴である「全損保の碑」について、あらためて学び直そうと、「全損保の碑」についてのミニ学習会をおこないました。チューターの損保ジャパン支部塚本さんから、碑建立に至る歴史や碑に込めた諸先輩方の思い、碑の盗難事件のことなど当時の文書資料や新聞記事などをもとに詳しく説明がされました。
参加者からの発言では、集会やDVD、全損保の碑の話や紙芝居についての感想、核兵器廃絶への思いや次世代につなげていくことの大切さと困難さ等が語られました。同時に、先日の西日本豪雨災害で、職場も大変だが、今こそ損保に働く者の使命を発揮する時という発言も多く聞かれました。 その後、集会アピールの採択、翌6日の「損保慰霊祭」への参加の呼びかけがおこなわれ2018年度損保平和交流集会は閉幕しました。
8月6日(月) 損保従業員原爆犠牲者慰霊祭 思いのこもった折鶴を慰霊碑へ
損保従業員89名をはじめ原爆の犠牲となられたすべての御霊に対し黙祷をささげた後、主催者あいさつに立った全損保・浦上委員長は、核兵器廃絶に向けての世論のひろがりは世界規模のものであり「私たちの子どもや子孫に、核兵器のない世界を残すのが、私たち現役世代の役目。声を大にして核兵器廃絶を訴えていかなければならない」と参列した仲間に訴えました。そして「平和と民主主義が危険にさらされている今、『損保は平和産業』を思い出し運動を続けていくことが、この産業の健全な発展の道」と述べ、「全損保は1949年の結成以来、柱にすえている『平和と民主主義を守る』の方針のもと、積極的に運動に参画し来年以降もつないでいく」と強い意志が語られました。 献花では、小菊の花とともに全国の組合員の思いがこもった12,052羽の折鶴が次々と慰霊碑に手向けられ、鎮魂の時は過ぎました。
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