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2009年4月17日・全損保シンポジウム 危機と展望 そして労働組合の可能性 再編『合理化』情勢第二幕にどう向き合うか 於)中央大学駿河台記念館
土方  続きまして、金融危機から生じたひずみについて、別の視点から見ていきたいと思います。牛久保先生より、先生の研究の領域である労働者の国際基準という観点から見たら、この金融危機にどんな問題がみえてくるのか、お話を頂ければと思います。牛久保先生、よろしくお願いします。

牛久保 牛久保秀樹 弁護士  日本社会の全体的な問題が、改めて大きな問題になってきていると思います。

日本の解雇問題を心配しているILO
 私は1年にだいたい2回、ILO−スイスのジュネーブに本部がある国際労働機関−を訪問します。今年の2月に行きましたら、大変親しくしているジョン・センダノイエさんというILOの事務局の方が、突然深刻な顔をして、「日本は労働者のセキュリティが弱いから、今起きているパートの解雇問題を大層心配している」と言いました。この方は日本のウガンダ大使館でいた人なので日本語がそこそこできるのですが、要するに非正規雇用の人たちのことを全部「パート」と言って、派遣とか期間雇用とかを全部含めて「セキュリティが弱い」ので大変心配していると言っていました。やはり、ILOは、日本のことをよく見ているなと実感したところです。彼はILOの金融専門官ですが、ずっと金融を見ている人がそのような話をしたわけです。

国際基準からみると異常な状態 日本の社会保障、住宅政策、貧困率
 私も共感しているものですから、「私なりにできる限り努力をしています」と伝えたのですが、日本に戻ってきたら3月にILOが失業手当の問題で報告書を出したということが新聞に出ました。OECD加盟の先進国30カ国で、失業手当をもらう資格があるのにもらっていない人の率がどのくらいあるか、をILOが発表したのです。ドイツでは13%、フランスでは18%、イギリスでは40%の人が貰っていないのですが、悪いのはアメリカと日本で、アメリカは57%と半分以上がもらっていないのですが、日本は最下位で、実に77%という結果です。ですから、国際基準から見たら、本来、失業手当を貰う人について、10人中8人近くが貰っていないという異常な状態になっていることが明らかになりました。
 それから、派遣村が大きな問題になり、私も心が痛み、同僚の弁護士も日比谷公園に泊まり込んだ人もいます。そんな人から話を聞くこともあるのですが、つくづく思うのは住宅問題の貧困さです。派遣労働者のみなさんに、まだ、きちんとした住宅の手当てがされていたら、あんなひどい状態になりません。日本の住宅政策の貧困さがあのような形ででているのです。アパートみたいな寮に隔離され、派遣労働者の首を切ると同時にそこから追い出して、いる場所がないという状態にまでもっていく。その点で言うと、世界中にある社会保障の中で、生活保護の一部として住宅手当という支給制度があるのですが、日本は、この制度が全くない国だと言われています。ですから、住宅政策の貧困さが、あの派遣問題で明らかにされていると言えます。
 日本は世界第二の経済大国ということで、民主主義的には遅れていますが、なんとなく物質的な豊かさがあるために生活水準はそんなに低いものではないと思われてきた面があったのですが、そうではないということが、OECDによる世界の先進国の貧困率の調査から明らかになりました。2006年という時期で、今の大不況が起きる前の調査ですが、スウェーデンでは4.6%、フランスは7.0%ですが、日本はアメリカの16.9%に続いて、下から2番目の15.3%で、スウェーデンの3倍以上、フランスから比べても2倍以上の貧困率の高い国だったわけです。子どものいる家庭の貧困率がまた大変高くて、OECD全体の平均の貧困率が4.3%のところを、日本は10.6%と、アメリカを抜いて一番高い。片親家庭の貧困率についていうと、日本は57.3%、実に6割近い家庭が国際基準からみると貧困家庭というレベルに属しているという事態です。

地域のコミュニティーと中小企業の終身雇用体制の崩壊で矛盾が表面化
 社会保障の低さや貧困率というこの国の矛盾が表面に出てこなかった理由は二つあるといわれています。一つは地域社会のコミュニティーが支えてきたということと、一つは膨大な中小企業が終身雇用体制を維持してきたということですが、今この二つが崩壊する中で、社会全体に貧困の問題が出てきたという事態になっていると思っています。
 いま社会に起きている問題の一例をあげます。私は全教(全日本教職員組合)という日本の教職員組合の顧問弁護士を担当しています。教育問題での貧困相談という110番を行いましたら、とにかく3台ある電話が鳴りっぱなしだったそうです。「大学に入学したら奨学金があるけれども、入学するための入学金がないという、それをどうしたら手当てできるでしょうか」という相談が来ている。「大学に入学したが、高校での授業料を払っていないために卒業証明書を高校が出してくれない。卒業証明書がないと試験に合格していても大学に入れない」という相談もある。これは、さすがに、授業料が払われていなくても、実質的に卒業していれば卒業証書を出させるというところまで運動が進んでいるのですが、それを知らないご家庭から全教の110番に入ってくるという事態になってきています。

あるべき水準・基準を考え、日本社会の基本構造をつくりかえていく作業を
 こういう日本社会の基本構造を、新自由主義の問題も含めて、つくりかえていく作業をしていかないと、日本という国の未来や将来は全くないのではないかと思います。そこからもう一度、社会投資と言われているものを、この国のなかにどうやってつくっていくのかということを、国民全体の課題にしていく必要があるのではないだろうか。私は郵政の労働組合の皆さんと、郵政の民営化問題にもとりくんでいます。その経験からいえば、例えば、郵便貯金は200兆円という、日本のメガバンクを全部合わせた以上の貯金があるわけですが、この郵便貯金を家庭の住宅を造るための低利の融資機構として、子どもたちの教育のための本当に低利、さらには無利子の奨学金として、地域経済を生かしていく中小企業金融として、国民の財産として使っていくのかどうか。国民の郵便貯金、簡易生命の保険料でできた簡保の宿を企業にたたき売っていくような馬鹿なことに使うのではなく、そういう財産をどうやってつかっていくかということこそ、鳩山邦夫が考え、実行すべきことだと思います。
 そういうとりくみの中で、私たちがもう一回、労働運動と、本来あるべき水準・基準は何かということを考えながら、ご一緒にとりくみをしていけないだろうと考えています。

土方  ありがとうございました。それではお二人の話を聞きまして、吉田委員長いかがでしょうか。

吉田 吉田有秀 全損保中央執行委員長  今、金融危機そのもののメカニズムというよりも、「そこに見なければいけないこと」ということが語られました。高田先生からは、一方に富が集中し、一方に貧困層が膨大に生れ、その中で経済が成り立たなくなっていく資本と労働の矛盾、牛久保先生からは、地域経済や個々の生活が成り立たなくなる崩壊過程とでもいうべき社会的問題がこの国に生まれているということ、そして、そこを直していかなければならないというお話であったと思います。

経済の矛盾、地域社会の崩壊の中でおかしくなった損保産業
 では、そういう社会の中で、損保が一体どうなったのかということを見ようと思いまして調べてみました。損保というのも社会に役割を果たす社会的な資本ですから、おっしゃられたような社会の矛盾や崩壊の中で、損保もおかしくならざるを得ないわけです。そこのところを、牛久保先生のお話にも通底しますが、国際基準に比べてどうなっているのかという切り口で見てみました。再編「合理化」情勢第二幕でどうなるのか、ということをみると、上位4社が、損保のシェアを、2006年には75%握り、2010年には9割を握るということになりますが、欧米諸国にはそんな国はありません。
 損保は、実体経済とともにある産業ですから、その国の社会や経済の姿に合わせて、どう存在するのかということが決まっていくわけです。我々は、欧米の金融危機でめちゃくちゃになっている部分だけを見ているのですが、実は、欧米の、その国の土台のところから見ていくと、全部がそうなっているわけではないのだと思います。例えばアメリカをみると、損保は2,648社あって、上位4社のシェアは3割弱。日本と同じ島国のイギリスでは836社あって、上位4社のシェアは48%。ドイツもフランスもそのような状況ですから、上位4社で9割も市場を独占するような、日本の損保がいかにも異常な状況です。ちゃんと見ておかなければいけないのは、欧米諸国では、ずっと歴史的に根付いてきた地域経済、あるいは地域社会という姿がしっかりあって、不可分の存在として損保事業が根付いている。そこのところが大きく壊れているわけではないということだと思います。
文中の欧米諸国の保険会社数、シェアについては「欧米保険市場における個人向け保険商品の特性と販売・募集の実態」(財)損害保険事業総合研究所、「ファクトブック2008 アメリカ損害保険事情」(財)損保ジャパン総合研究所による



インシュアランス損害保険統計号から作成
2010年度の数値は現在発表されている経営統合が行われた場合(2007年度の業績から推計)


 しかし、この国では、地域経済も人々のくらしも、元々戦後から貧困だったということもありますが、歴史的に積み重ねてきたことを、この10年の新自由主義の中で崩壊させてしまったわけです。だから、崩壊してしまった社会の中で、損保がどう存在するのかということが投げかけられている。損保も、10年前、15年前をみると、多少コストはかかったとしても大手は大手として、中堅は中堅として、小手は小手として、それぞれの種類や規模や、それぞれのチャネルを持って、社会の隅々に保険を提供していくというシステムが成立していました。それがこの間、地域経済や人々のくらしが崩壊していく中で、上位4社が9割も占めるという、地域経済とどう係るのか、などということとまったく無関係な方向に―進んでいくしかなかったというふうにも言えるかもしれませんが―、進んできてしまったということだと思います。

地域にどう保険を届けるのか、ではなく、マーケットをどう食いつぶすか
 さらに、その異常さをもう一つ示します。損保のマーケットは、このところ、頭打ちで、横ばいとなる元受正味収保のシェアを奪い合う競争のなかで、大手の寡占化がすすむという方向に走っていくわけですが、募集従事者数をみると、98年には117万人しかいなかったのが、この10年間で214万人に倍増をしている。何があったかというと、銀行窓販が解禁され、郵便事業が民営化され、という「自由化」規制緩和があります。その結果、一募集従事者あたりの世帯数で言うと、いまや24世帯に1人で保険を売るという割り当てになっているわけですから、こんな産業が他にあるのかというくらいひどい状態になっているわけですね。結局、地域にどう保険を届けるのかということと無関係に、頭打ちになっているマーケットをどう食いつぶすのかということでしか、この間の損保のあり方というのが発想されてこなかったということが、このことを見てもわかります。

募集従事者数と世帯数の関係
  募集従事者 世帯数 1募集従事者あたり世帯数
Mar-98 1,170,497 46,156,796 39.4
Mar-99 1,180,784 46,811,712 39.6
Mar-00 1,154,511 47,419,905 41.1
Mar-01 1,145,252 48,015,251 41.9
Mar-02 1,575,195 48,637,789 30.9
Mar-03 1,642,271 49,260,791 30.0
Mar-04 1,716,006 49,837,731 29.0
Mar-05 1,797,510 50,382,081 28.0
Mar-06 1,873,485 51,102,005 27.3
Mar-07 1,986,035 51,713,048 26.0
Mar-08 2,147,461 52,324,877 24.4
募集従事者数は損保協会「ファクトブック 日本の損害保険」より
世帯数は総務省「住民基本台帳に基づく人口・人口動態及び世帯数」より

持続的な経済、社会の中で損保産業も育まれるという未来を
 このこと一つとっても、この異常さの中に損保の未来はないと思います。また、損保が異常な姿になっているということは、とりもなおさず実態経済の方が異常な姿になっているという証拠ですから、本当の意味で損保事業の将来は、そこに持続可能な実体経済というのが作り直されて、確立して、そこに損保が依拠をして成長していく、そういう方向が出てこない限り、本当の意味で構想できないと思います。
 高田先生も牛久保先生もご指摘のように、今は次の時代をどう構想するかという局面に入っていることは間違いないわけですが、損保産業という分野で、次の時代をどう構想するかということを真剣に考えると、持続的な経済、社会をつくるなかで、損保もしっかりと育まれていくという未来が生まれていかなければならない。そのことを真剣に考えることができ、そのために運動ができるという存在はどこかなと探していくと、やっぱり労働組合というところに行き着くのだというふうに思うのです。
 いま、経営統合とか増資というように、再編「合理化」情勢第二幕のなかの激変が続いていますが、その先をどうするのかということが描かれていません。本当に、そこを描き、描かせるということを考えた時に、その先まで構想できる労働組合の可能性は極めて大きいのではないかと思います。





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