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2009年4月17日・全損保シンポジウム 危機と展望 そして労働組合の可能性 再編『合理化』情勢第二幕にどう向き合うか 於)中央大学駿河台記念館
土方  それでは第一の討論の観点で、討論導入あるいは問題提起と言うことで高田先生の方からお話を頂きたいと思います。高田先生、よろしくお願いします。

高田 高田太久吉 中央大学商学部教授  中央大学の高田です。今日は全損保労組主催のシンポジウムの報告者としてお招きいただきまして、大変良い機会を頂いたと思っております。今回、取り上げられている金融危機というテーマは、いうまでもなく我々が今直面している最大の経済問題で、私自身も大いに関心を持って、一昨年の夏以降、かれこれ2年近くこの問題をずっと追跡をしております。
 私は大学で金融論を教えるようになって、すでに30年を過ぎるのですが、おそらく今直面している金融危機ほどの大問題は、私の存命中はもう起きないのではないかと思っています。そういう意味では、研究者の立場からは千載一遇の機会だと思っています。ただし、今後、起きないことを願っているのですが、現在の資本主義経済の仕組みから言えば、同じような金融危機が、3年後に起きても10年後に起きても不思議ではないという不安が一方ではあります。
 いわゆる「サブプライム問題」に端を発する国際的な金融危機−最近私は金融恐慌と呼んでいます―が、どういう経過で今日のような状況に発展したのかということは、既に私もいろいろ雑誌などに書いてまいりましたし、新聞その他でいろいろな報道がなされています。金融産業に関わって生活をしているみなさんは、一般の方よりも関心が高く、すでに大方のことはわかっていらっしゃると思いますので、今回の危機の原因や経過について詳しくお話しすることは、時間の関係からも省きたいと思います。ここでは、いま現在起きている状況をどう理解するかということをポイントにお話を致します。

すべての銀行の自己資本をはるかに上回る損失が発生
 まず、最新の情報によって、今現在、特にアメリカの銀行、世界の銀行危機がどういう様相になっているかについて、簡単に資料によりながらお話をさせていただきます。ごくかいつまんでお話を致しますが、危機の震源地であるアメリカで、全商業銀行と証券会社を併せた金融業の自己資本総額は1兆3,000億ドル、投資銀行の自己資本は1,100億ドル、あわせて1兆4,100億ドルです。これに対して、現在、予想される損失ですが、証券化されていないローンからの損失が1兆1,000億ドル、証券化商品の評価損失が7,000億ドル、あわせて1兆8,000億ドルと見積もられています。これは、今問題になっている大手の5つか6つの銀行だけでなく、全ての銀行をあわせた自己資本総額を遥かに上回る損失で、約4,000億ドル足りません。アメリカ議会で承認された予算枠に基づいて、銀行に注入されたものが2,300億ドル。銀行に資金を出しているいろんなファンドや、外国の政府系ファンドなどから入ってきているものが2,000億ドル。それで4,300億ドルが注入されたので、商業銀行と投資銀行をあわせてかろうじて300億ドルの余裕があるわけです。
 しかし、これは、今後追加的に予想される損失からすれば泡みたいなものですし、第一、BIS規制が義務付けている自己資本比率をまったく満たしません。今後、どのくらい損失が発生するのか。IMF(注1)は、これまで発表するごとに倍々ゲームで金融機関の損失額を大きく増やしてきましたが、1月に公表された最後の数字は米国だけで2兆2,000億ドルでした。しかし、近日中(4月中)に米日欧合わせて4兆ドルという新しい見積もりが出てくると報じられています(注2)。配布した資料の図表はニューヨーク大学のスタン・スクールのグループが作成したものです。かれらは、かねてから3.6兆ドルという見通しを出していましたが、ようやくIMFの予測が彼らの予測に追いついたということです。当初、彼らがその見通しを出したときには、監督機関や金融界からは「とんでもない過大な数字だ」「全く根拠のない数字だ」と非難されたそうですが、いまは、IMFがそれを上回る数字を出してくる状況になっています。

(注1) IMF(国際通貨基金) 戦後の世界経済復興のため1945年に発足。現在185ヵ国が加盟している。世界的な経済見通しや金融システムに関するリポートを発行している。債務不履行に陥りかねない国に緊急融資を行ってきたが、南米諸国やアジアの経済危機の際には、その見返りに、市場開放や金融「自由化」を押し付け、国民経済を疲弊させた。
(注2) IMFは、4月21日、ローンや保有証券の劣化に伴う日米欧の金融機関の損失が2007年から2010年までの合計で4兆540億ドル(うち、アメリカ2兆7,120億ドル、ヨーロッパ1兆1,930億ドル、日本1,490億ドル)になるという試算を発表した。

大手投資銀行、商業銀行に流れているAIGの救済資金
 ここ数日の新聞では、アメリカの経済に関する良いニュースと悪いニュースがやや錯綜しています。たとえば、ゴールドマンサックスは黒字を出して政府から注入された公的資金を前倒しで返すと言っています。しかし、黒字転換の実態を調べてみますと、きわめて問題のあるもので、まともな黒字とは思われません。
 最大の問題は、AIGという世界最大の保険会社が破綻し、その救済のために1,700億ドルという巨額の公的資金が使われましたが、その半分以上がAIGを素通りして、ゴールドマンサックス他の主要取引先銀行に流れている問題です。とくに、ゴールドマンはAIGの最大の取引先で、AIGから莫大なデリバティブ―CDSを買っていたわけですが、AIGが完全につぶれてしまうとそのまま損失が波及してくる恐れがあります。メリルリンチ他の大手金融機関も同様です。そこで、これらの大手金融機関を救済するためにアメリカ政府がAIGを救済したというのが実情であろうと思います。先のニューヨーク大学のグループによれば、AIGの救済資金のうち、ゴールドマンサックスに129億ドル、メリルリンチに68億ドル、バンク・オブ・アメリカに52億ドル、シティグループに23億ドル、ワコビアに15億ドルがまわされています。その他フランスをはじめヨーロッパの金融機関にもながれています。このように、政府がAIG救済と称してばらまいた資金の多くが、AIGを利用してリスクの大きい取引をしていた欧米の投資銀行と商業銀行に流れているわけです。最近監督機関が実施した19社の大手金融機関に対するストレス・テスト(注3)で、今現在資本不足に陥っている銀行はないという報告が出される予定だそうですが、この結果も、こうした公的資金の支えによって作り出されたものと考えなければなりません。

(注3) ストレス・テストというのは、金融機関に将来どの程度の損失が発生するか、その結果、自己資本がどの程度毀損されるかを見積もるために、金融機関が通常のVARモデルを使って予想する場合よりも厳しいリスクを想定して損失額を見積る検査をいう。その後5月7日にアメリカ金融当局が公表したテストの結果は、対象となった19社のうち、9社は十分な資本があると評価されたが、残りの10社は合計で7.5兆円相当の資本不足が指摘された。

知らされていないAIGの実態 ポンツィー金融と言われた保険会社
 AIG自体は、事情に通じた人々によれば、2000年代初めから、きわめて不透明なビジネスモデルで利益をひねり出しており、健全な保険会社ではなくポンツィー金融(注4)だと指摘されていました。どういうやり方かと言うと、AIGは、本社が売った巨額の保険の多くを自分の子会社に再保険に出すわけです。これ自体問題ですが、さらに、他の保険会社に再保険を出すときには、相手の会社に、サイドレターという非公開の一札を入れて、「支払い義務が発生しても迷惑をかけないからとりあえず再保険で買ってくれ」と頼むのです。そのサイドレターというのは正式の保険契約ではなく、当局に見つかると処罰をされます。実際に露見して処罰を受け、罰金を科せられたこともあるそうです。ですから、サイドレターの多くは、文書ではなく、Eメールで交わされたと言われています。こうした不透明なやり方がいろんな事情で表に出てきて監督機関も目を光らせるようになり、そのままでは続けられなくなった。しかし、これが続けられなくなるとAIGは利益が減って格付けが下げられ、経営危機に陥ってしまう。そこで、サイドレターに変わるリスク移転(事実は隠蔽)の仕組みとして、CDS(注5)に大々的にのめり込んでいったといわれています。
 すでに別の機会にお話したように、AIGが破綻した当初、メディアは、ロンドンにあるわずか400人のCDS専門の小会社が勝手に暴走して、そこで起きた問題を本社が監視、管理できなくて莫大な損失が発生し、破綻したと報道しておりました。そこで、私もそういうことなのかと思っていたのですが、もっと事情に通じた人が書いたものを読んでみるとそうではなく、AIG本体がすでに早くから、高リスクのCDSにあえて入り込まなければビジネスが続けられない状況になっていたわけです。当局にみつかると後ろに手が回ってしまうかもしれないサイドレターを使う方法が続けられなくなって、もっと巧妙なデリバティブのやり方に変えたというのが事の真相で、それを検査の厳しい本社ではなく、ロンドンの支店やヨーロッパにある銀行子会社を通じてやっていたという話で、もともとまともな企業ではなかったわけです。
 そういう企業が「大きすぎてつぶすわけにいかない」というわけで、政府から莫大な救済資金を受け取り、それを取引先金融機関が山分けし、さらに他の一部は、既存の契約だからといって、ご存知の通りたくさんの幹部職員の莫大な退職金に充てられたわけです。つまり、無責任な取引先と会社を潰した幹部たちが、経営責任を果たさないで、公的資金を山分けしているようなものです。こうした実態は、アメリカ国民もメディアを通じて正確には知らされていません。だからアメリカ国民は、政府が、大手銀行や大手保険会社がつぶれると国民経済に大変な損失をもたらすから放置できないと考えて、やむをえず救済していると信じ込まされているわけですが、実態が全面的に明らかにされれば、おそらく大変なことになるのではないかと私は思っています。

(注4) ポンツィーは、1920年代のアメリカで大きなねずみ講を立ち上げ、莫大な資金を集めて破たんした歴史的詐欺師。ねずみ講とは、魅力的な利回りを約束して投資家から金を集めるが、実際には資金を運用せず、あとから参加した投資家の払い込む資金で先に参加している投資家に「配当」を支払う仕組み。
(注5) CDS(クレジット・デフォルト・スワップ) クレジット・デリバティブの一種で、企業への貸付債権が倒産などで債務不履行になる信用リスクを、買い手が売り手に保証料を払って保証させるもの。一見、損害保険と似ているが、信用リスクを取引する金融投機の手段であり、売り手も買い手も、保険会社だけでなく、銀行、投資銀行の自己取引部門、ヘッジファンドなど多様である。OTC取引(証券所取引ではない相対の取引)で行われるため、だれとだれが、いつ、どのようなCDS取引をしているのか、全体像がわからないまま膨張。ピーク時には想定元本60兆ドルを超えた。

第三の問題となりかねない「金融の大量破壊兵器」CDS
 今回の金融恐慌の諸要因の中で一番わからないのはのは、AIGの破たんの原因となったCDS−クレジット・デフォルト・スワップという、「今まで発明された金融商品のなかで最も危険な商品」と言われているものの実態です。有名なウォーレン・バフェット(注6)が「金融の大量破壊兵器だ」と言った代物で、最近は、市場がだんだん縮小して、40兆ドルくらいの残高になっていると思いますが、それでも、そのまま放置されると、先ほど紹介したIMFの予測した4兆ドルに匹敵するぐらいの損失が、いろいろな金融機関や機関投資家に最終的に起きてくる可能性があるとみられています。既にアメリカ政府、監督機関もおおよその状況は把握していると思うのですが、今後どういう手だてが講じられるのかいまだにはっきりしていません。また、AIGのような問題が明らかにされたときに、政府が大規模な対策を新たに講じることに、アメリカ国民が納得するのかどうか。そういうことも不透明です。
 アメリカ議会が、アメリカ国民の有権者の批判を恐れて、迅速に有効な手だてを講じられないということになってくると、これが第三の問題として表面化してくる恐れが未だに残っています。その場合の大きな不安要因は、住宅ローンのサブプライム・ローンと同様の危険なローンが、LBOがらみやその他の商工業向けローンの中に大量に含まれているということです。今後一般経済の不況が長期化して、この問題が深刻化すると、CDS市場が閉塞して大きな問題が発生する可能性が残っています。

(注6) ウォーレン・バフェット アメリカの著名な株式投資家、経営者。世界最大の持ち株会社であるバークシャー・ハサウェイの最高経営責任者で、アメリカの長者番付フォーブス400では毎年ベスト10に入り続けている。

今後の展開はきわめて不透明 回復過程に入ったという見方はできない
 現在アメリカの政府、監督機関が実施している対策が、この問題を押さえ込めるだけの時間的な余裕があるかどうか。その辺が私には判断のしようがないし、おそらくアメリカの金融専門家も十分わかっていないのではないかと思います。そういう意味で、今後アメリカの金融問題、それが波及したヨーロッパ、また、日本をふくむ全世界で、金融恐慌と経済不況がどういう展開をたどっていくかは、依然としてきわめて不透明と言わざるを得ません。したがって金融危機が回復過程に入ったとは、私は全く考えておりません。一番好意的で楽観的な見通しで考えても、問題のピークはおそらく今年の夏以降で、これからやってくるのではないかと考えています。
 今回の金融危機の震源であるアメリカの住宅価格の下落が依然として止まらず、今のレベルからさらに10%くらい下落する(2006年のピークから30%の下落)可能性があると住宅専門家は見ています。住宅問題だけではなくて、タイムラグをもって、商工業向けのローン、特にM&Aや不動産開発絡みなどのリスクの高い銀行のローンの不良債権化という問題が出てくると予想されますが、それがどの程度出てくるのか、という問題があります。また、アメリカの失業率ですが、現在8%台になっていますが、おそらく9%と10%の間には少なくともいくだろうと予想されています。それがどこまでいくかという問題もあります。アメリカの実体経済の落ち込みが、どこで底を打つのか、どのくらい長期の鍋底型で続くのか、あるいは予想よりも早くV字型で回復するのか(この可能性は低いと思いますが)か、そうした見通しが誰にもたっていないというのが正直なところだと思います。中国経済は、デカップリング論(注7)でいわれていたように、ややアメリカ経済とは別のコースをたどる可能性が出てきていますが、EU経済やロシア経済の今後も含め、国際的な状況も非常に不透明で、いろいろな要素を考慮に入れないといけないので、誰も明確なシナリオを描くことができません。
 いずれにしても、回復過程が近いとか、回復過程に入っているという見方を私はしていないということを申し上げておきたいと思います。

(注7) デカップリングとは、つながっていたものを切り離すという意味で、この場合は、中国、ロシアなど一部の地域や国はアメリカの金融危機や世界同時恐慌にそのまま同調せず、比較的軽微の景気後退で再び成長過程に入ると予想する見方。




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