グローバルスタンダードで 日本を変える 日動外勤支部のたたかいを 「国際基準」から考える 弁護士 牛久保秀樹 |
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グローバル・スタンダードの確立とILO (国際労働機関)の役割 日動外勤のたたかいを考えるときに、グローバルスタンダードという国際基準の問題から考えてみたいと思います。 東京海上はグローバル・コンパクトという国連の国際基準を守りますと全世界的に公約している企業です。そういう企業が一体何をやってきたのかという問題が問われています。 今世界の企業活動は、グローバル・スタンダード、国際基準に合致しなければいけないと言いながら、とりわけ日本の企業は、実際はアメリカン・スタンダード、アメリカ基準を押しつけて、格差社会の導入、新自由主義の路線をとってきています。しかし本来のグローバル・スタンダードというのはそういうものではありません。フェアーで、公正な労働条件、つまりフェアー、公正ということを基準に労働条件を全世界に、実施しようというのが、本来のグローバル・スタンダードの意味です。 グローバル・スタンダードが確立されたのは、第1次世界大戦が終了した時点で、こういう悲惨な大戦を二度と起こしてはならない、そのためには全世界に公正、フェアーというルールが確立されなければならないという反省の中でそれが作られていったという歴史を持っています。 ILO (国際労働機関)は、その第1次世界大戦終了時に出来た機関で、そういうフェアーな労働条件を労働者レベルに適用するために、フェアーな国際労働基準をつくるということで出来た機関です。ILOは、労働者代表、使用者代表、政府代表の三者で構成される国連の1機関ですから、ILOが出す考え方というのは労働者のためだけでなく、政府にも使用者にも大事な基準として提起されています。 働く人の安心とプロセスの透明性が金融機関M&A成功の2つの条件 そのILOは、金融機関のM&Aの問題を世界的に重視していて、世界のそれを分析した国際的なレポートを発表しています。そこでは多くのことが指摘されていますが、今回の日動外勤問題との関係では、2点がとりわけ重要だと思います。 1つは、金融機関のM&A成功の一番大きな条件は働く人のメンタルな安定を図ることだと指摘している点です。合併した会社が発展していくためには働く人たちが自信をもって安心して働けるということが第1条件だと金融のM&Aを世界的に分析した結論として出してます。そういうM&Aを実現するためには特別な準備をし特別な体制をとり、実施後には特別なチェック機構を作らなければならないと提起しています。 2つ目は、そのためにもM&Aは透明性をもって実施されなければならないと指摘している点です。どういうM&Aを作っていくのかをオープンにして、労働者側にも知らせ、経営者や役員の内部にも充分知らされて実行できたときに、その新しい経営は力を発揮して大きな発展をしていくと指摘しています。 ILOのこの金融M&Aレポートの日本での報告会があったとき私も参加しました。その時日本の労働組合の役員の方がこんな質問をしました。「M&Aは、労働者にはもちろん知らせないし役員だってほんの一握りのトップの者だけが知っているだけで実行され初めて実現されるもので、オープンにしたら失敗するのではないか」と。 ILO担当者はこの発言には驚いていました。M&Aは、企業同士が形だけ一緒になるのではなく、働く人にとってもその国の経済にとってもプラスになるという形で実現されるべきもので、そのためにはわずかな役員だけで進めたのではそれに必要な多くの要素、ファクターを十分に考慮したM&Aを実現することはできないと指摘し、「日本の労働組合はそういう立場で交渉はしないのですか」と逆に質問しました。 これに対する労組の方の、「労使協議の場で経営側から言われることはあるが、それはマル秘事項ということで組合執行部だけが承わるだけです」という発言に対してILOの方は、「そういう方たちと私たちは意見が違います。ILOの考えているグローバル・スタンダードというのは透明性がありオープンで、いいM&Aを実現することです」と指摘していました。 くり返しになりますが、こういう考え方が政府代表や使用者代表が入った国際機関で議論されて正式なレポートとして公表されているのです。 こういう話をするのは、日動外勤のたたかいの位置づけにも係わってくるのですが、私はやっぱり今の日本社会における働くルール、企業ルールと言うものを根本から変えていくような取り組みをしていかないと、この日本社会は変わっていかないのではないかと思うからです。日動外勤の皆さんの闘い、運動というのはそういう意味でもこの国の企業ルール、社会ルールを変えていくという大変大事な歴史的闘いの一歩ではないかと考えています。 国際基準が野村證券を動かす グローバル・スタンダードという問題での2つ目にお話したいのは、野村證券の女性差別事件をたたかった時の大きな経験についてです。 この事件は10数年たたかって東京高裁で全面勝利解決しましたが、この時もILOに野村の女性差別はILO条約違反だと申し立てをしました。ILOはこれに対して、裁判と並行して、「野村證券における女性差別はILO条約に違反しているので是正するように」という勧告を出しました。その勧告が力になったこともあったのでILOにお礼に行くと、「日本という所は、ILO条約があっても、また日本政府に是正勧告をしても変わらないのかと思っていたが、野村證券が変わったことを聞いて我々のデスクワークが労働者のために役立つことが出来たと分かり大変喜んでいる」と言われました。 それからその足で、スエーデンのストックホルムに行きました。どういうことかと言うと、ここにGESという投資適格判定会社があります。このGESが、「女性差別を是正せよとしたILO、国際機関の勧告を守らない野村證券は投資不適格会社である」と判定し、これを世界に公表しました。このGESレポートも力の1つになって野村の事件は解決してきたという経過があります。そこでストックホルムのGES社にお礼を兼ねて行きました。 このときGES社から次のような話がありました。GES社のこのレポートが公表されると野村の担当者がGES社に飛んで来たので指摘したそうです。「私たちは、企業の国際的基準を守ることが企業活動の前提だと考えている。女性差別をやめるようにという国際機関の勧告を野村謹券が守っていない以上、野村は企業活動の前提を欠くという意味で、投資の適格会社と見ることはできない」と。野村のこの人は分かりましたと言って帰り、「この女性差別は是正します」という報告を持って来たということでした。 それから4回にわたって両者は、女性差別はしないという倫理憲章を作るとか、この女性差別裁判は解決する等の協議を続けるのですが、このストックホルムで行われた協議の経過が、丁度我々が東京で野村とやっていた和解交渉の時期に対応していた訳です。そして最後に野村の担当者からGES社に対して「解決しました」という報告があったそうです。 ストックホルムまで行って私たちは改めてびっくりしたのですが、このようにグローバル・スタンダード、国際基準というものが、例えば今のように投資適格判定会社の判定を経て、日本の企業活動に具体的に影響を及ぼして行くという事実をストックホルムまで行って知り、驚くと同時に、また大変感激しました。 そういうような歴史を踏まえながら国連のグローバル・コンパクトというものが作られて来ているということです。東京海上日動社はこのグローバル・コンパクトを守りますと宣言して国連と契約を結んでいる企業なのです。この国際契約の内容をみると、そのうちの3割が、労働組合の団結を尊重するとか、労働者に対する差別をしないなど、労働者の問題に係わるものです。こうした国際契約を宣言している東京海上日動社が日動外勤支部に対してとんでもない攻撃をかけてきているという所に大きな問題があると考えています。 ディーセント・ワークと日動外勤問題 そんなことを踏まえながら今、ILOは大きな所でディーセント・ワークというものを実現しようということを呼びかけています。ディーセント・ワークは「人間らしい労働、人間らしい仕事」と訳していますが、人間として適切な仕事があって働くことができるということをILOは全世界に呼びかけています。そのディーセント・ワークということに基いて世界経済は発展して行くのだという考え方に立っています。 ILOの事務局長が来日したとき講演で語っていました。「アジアの経済は80年代終わりに急成長・急降下したが、それはしっかりした社会保障、働く人のしっかりした安心や支えがないままの急成長ゆえに急降下した。だからしっかりとした成長は働く人たちに対する安心・安全をきちんと作らないと実現しない。それがディーセント・ワークという考え方だ」と提起していました。そういう認識の時代になったのです。このディーセントワークという考え方は、さらに発展させられディーセント・ワーキング・タイム=人間らしい労働時間、という提起がされ始めています。 以上のような話を踏まえますと、結局、日動外勤支部の皆さんに対する攻撃は、合理化のためには人間性を踏みにじってもかまわないということであって、一生損害保険の募集の仕事をしながら利用者と信頼関係をつくり、保険の普及の仕事をして下さいという初めの約束を踏みにじり、労働者の人生設計を破錠させて企業の外に放り出し、また企業に残ろうとすればこれまでの専門職としてのキャリアを全て捨てなさいということです。この攻撃は、今国際的に追求されている人間らしい労働というディーセント・ワークの考え方とは全く違うものが導入さグローバル・スタンダードで日本を変えるれようとして来ているということだと思います。 しかしそういうやり方は本来通じないものだということが、例えばILOなどを通して何とかして行こうという努力として今始まっているところだと思います。 労働時間決定の3類型と「日本問題」 今ILOでは「日本問題」ということが言われています。それは、日本というのは発達した資本主義国で、社会保障などもきちんとあるだろうと思われていたけれども、日本からのILOへの申し立てがいろんな分野で今なされて来ているものを見れば見るほど、日本という国はどうなっているんだという話です。 ディーセント・ワーキング・タイムについての意見交換でILOに行ったとき、次のようなことがありました。全世界の労働時間は3つの類型に分けることが出きる。1つは法律で労働時間がきちんと守られている国、2つ目は労働協約でしっかり守られている国、3つ目は法律や労働協約もほとんどないまま、個人と企業との間だけの関係で労働時間が決められている国、がそれで、日本はこの3つ目に入るとILOでは言うのです。私は「そんなことありません。日本には労働基準法という法律があります」と 言うと、担当者はにやっとして「それは分かっています。しかし、労働基準法で日本の労働者の労働時間が守られるとは全然思っていません」と言っていました。こういう「日本問題」、日本における働くルールというものを何とかしないと世界的にもおかしなことになってしまうということがILOにも分かってきて、そういう努力もし始めている時代になってきました。 おわりに 日動外勤支部のたたかいの中で一番大事で中心となっているRA(リスク・アドバイザー)制度を存続させて、社員として、労働者としてこれまでのキャリアを生かして人生設計を図り、保険の社会的使命を定着させる仕事をして行こうとしている皆さんの運動は、非常に大事な局面に入っています。弁護団としても1つ1つの裁判に全力を上げてお手伝いして行く決意でおります。
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