声明 金融危機の深化とAIGの経営問題について

2008年10月28日
全日本損害保険労働組合常任中央執行委員会(拡大)

1.深化する金融危機の様相
 昨年来、アメリカから表面化した金融危機は、全世界の金融資本市場を巻き込み、実体経済に深刻な影響をもたらしながら、深まる一方となっている。20世紀後半、経済の「金融化」が爆発的に加速し、金融資産は150兆ドルを超え、世界の名目GDPの3倍を上回る異様な規模となった。これを先導したアメリカは、金融工学と結びついた多種多様なデリバティブ(*1)を発達させ、投資銀行やヘッジファンドが自己資本の何十倍ものレバレッジ(*2)をきかせて巨額の利益を手にする、投機の場としての肥大化した金融資本市場を形成した。アメリカは、ここに世界中のマネーを流入させ、巨額の経常赤字をファイナンスし、なお、投機で莫大な利益を手にするという「金融帝国」というべきシステムを築いた。このもとで、極めて無責任に、金融が実体経済を支えるのではなく、投機のために実体経済を利用するというカジノ化した経済がつくられ、世界中に広げられていった。「サブプライム問題」(*3)はその必然的な結果として生まれたものであり、同時に、その虚構性を暴いたものである。今般の金融危機は、これを発端とした、金融資本市場の「信用」の瓦解であり、経済「金融化」の末期的症状というべきものである。

2.市場原理主義の誤りとアメリカ一極集中の終焉
 経済「金融化」は、「市場に任せておけば理想の均衡点に達する」という市場原理主義、この教義に基づいた金融「自由化」、これを世界に広げた金融グローバル化の中で、形作られていった。この教義のもとで、規制やルールは次々に破壊され、「金融イノベーション」と称し、金融投機が解き放たれていった。その結果、一握りの金融資本、富裕層は巨額の利益を手にする一方で、金融資本市場は、「理想の均衡」どころか、破局を迎え、全世界で各国政府がなりふりかまわず市場に介入する事態に至っている。これは、アメリカの「金融帝国」としての経済システム崩壊も意味し、市場原理主義とともに、アメリカ一極集中の世界経済の終焉を予期させるものとなっている。深い傷をどう乗り越えるかは不透明とはいえ、この金融危機は、環境問題などとともに、人類が、新たな経済の枠組みを模索せざるを得ない、歴史的転換点を画するものとなっている。

3.金融危機の中で生まれたAIGの経営問題
(1)AIGの経営問題の概要
 このようななか、私たちは、AIG(アメリカン・インターナショナル・グループ)が危機を抱え、FRBに救済されるという衝撃的な出来事に触れた。そして、この危機もまた、同グループが金融投機にのめりこんだ結果生じたものである。同グループは、国内外の損害保険事業、生命保険ならびに年金事業、金融サービス事業、資産運用事業などを傘下に抱え、総収入が1100億ドル(11兆円)を超える巨大なコングロマリットである。その決算を見ると、損保事業、生保事業ともに良好であるが、住宅ローン関連証券(RMBS)への投資のほか、金融事業会社AIGフィナンシャル・プロダクツ・コーポレーション(AIGFP)におけるスーパーシニア・クレジット・デフォルト・スワップ(スーパーシニアCDS)(*4)で、2008年度第2四半期までに、計400億ドル(4兆円)以上の損失を計上している。9月に表面化した危機は、このCDSに係る資金繰りの悪化によるものといわれている。

(2)クレジット・デフォルト・スワップ
 CDSは、クレジット・デリバティブの一種であり、企業への貸付債権が倒産などで債務不履行となる信用リスクを、買い手が売り手に保証料を払って保証させるというものである。一見、損害保険と似ているが、信用リスクを取引する金融投機の手段であり、売り手も買い手も、銀行、証券会社・投資銀行の自己取引部門、ヘッジファンドなどが主流となっている。買い手は、信用リスクから解放されて、無秩序な投機に走り、売り手は保証料を得て、それを元手にレバレッジをかけてあらたな金融投機に走る。モノライン保険会社の金融保証保険もCDSを利用しているといわれ、これが、格付け会社と一体で「証券化商品」(*5)の高格付けを裏付けるからくりのひとつとなっている。また、CDSそのものを応用した合成CDOとよばれる「証券化商品」もつくられている。このような金融投機が、OTC取引(相対取引)(*6)で連鎖的に増殖し、どこで、何を対象として、どうつながっているか、全体像はまったくわからないまま、世界の金融資本市場に拡大している。2001年には1兆ドルに満たなかった想定元本は、一時は62兆ドルに達し、2008年6月末で54兆ドルと、世界のGDPを超えている。

(3)金融投機への傾斜がもたらした経営危機
 AIGは、このCDS市場の一角を占め、4410億ドル(想定元本)の契約を保有していた。これは自己資本の5倍以上といわれ、仮に、CDSへの投機が破綻すれば、保険事業に及ぼす影響は甚大となることは容易に想像がつく。同時に、CDS市場全体の崩壊につながれば、金融資本市場全体が、取り返しのつかない混乱に陥るため、救済せざるを得なかったともみられている。また、これらの取引は、2000年ごろからはじめられ、保険当局の監視もないまま、わずか377人のスタッフで、11万6000人の従業員を擁するAIG全体の収益の17.5%を占め、巨額の報酬が支払われていたと報じられている。AIGの危機は、このように、本業と無縁な、金融投機への傾斜がもたらしたものである。

4.問題点と今後の展望について
 金融危機の中で生じたAIGの経営問題のなかに、今後の教訓とすべき、いくつもの重大な問題が見出される。

(1)社会的役割果たす本業にこそ展望
 何よりも、この金融危機は、市場原理主義の徹底と経済「金融化」がもたらしたものであり、AIGをはじめとした金融機関の危機は、すべて、本業と無縁の金融投機によるものであることを、重ねて指摘する。AIGは保険事業で良好な成績をあげており、金融投機が、企業の「健全性」を蝕んだものである。私たち全損保は、かねてより、損害保険事業の展望は、補償の担い手たる社会的役割を果たすことにあると指摘し、金融に傾斜することに警鐘を乱打してきた。AIGが抱えた危機は、私たちが指摘してきたとおりの事態であり、我が国の損保産業全体が、あらためて教訓としなければならない。

(2)転換求められる「金融資本競争力強化プラン」
 我が国では、「金融資本競争力強化プラン」が急ピッチで具体化されている。これは、アメリカの経済「金融化」を手本に、「金融立国」をめざすというものである。今般の金融危機の中で、その針路は破局につながることが明らかとなっているが、なおも、金融当局は、「強化プラン」をおしすすめようとしている。ただちに、この「強化プラン」そのものの根本的な転換がはかられるべきである。

(3)「資格競争」とは危機への競争 「強き者」に大きな危機が宿る
 また、私たちは、この「強化プラン」が描く「資格競争」に、損保も含めたすべての金融機関が動員されていると指摘してきた。そこでは、コングロマリット化、広範な金融投機への対応、グローバル競争に耐えうる規模と収益力、経営態勢をもつ金融機関となりうるかが尺度となる。しかし、今般の金融危機では、AIGをはじめ、金融グローバル競争=「資格競争」に勝ち残ってきた「強者」にこそ大きな危機が宿ることを明らかにしている。このように「資格競争」とは、その過程で「弱きもの」も危機を抱えるが、「強きもの」は勝ち残るほど危機を膨張させる。そして、当然のことながら、それらの危機はすべて合成され、産業が危機を抱えることになる。しかも、AIGにおいても、危機突破のため巨額の公的資金が投じられているが、そのツケは、結局、社会に転嫁される。このように、今般の金融危機とAIGの経営問題は、「資格競争」とは危機への競争であることを私たちに教えている。いま、日本の損保産業が、そのような針路を向けられていることを強く指摘したい。

(4)AIGの再建に関して
 10月3日、AIGはFRBとの契約のもとで、中核事業である損保事業に再集中する経営再建の方向を打ち出した。また、日本の生保事業については売却の移行が示されている。このもとで、厳しい「合理化」がすすむことが想定されるが、従業員には、この危機の発生にまったく無縁であり、安易な犠牲転嫁は許されない。また、この機に乗じて、AIG関連の販路を対象として、商取引の秩序を損なう行動はとるべきではない。

(5)損保産業に 再び金融傾斜への警鐘
 我が国の損保産業においても、昨年来、「証券化商品」の保有状況などの開示がすすんでいる。その多くがクレジット・デリバティブにも関わっており、その想定元本は、全社で1兆7500億円を超える。また、大手3社は金融保証保険の元受ないし再保険を行っており、地方債などを対象とした引受けも多いとはいえ、引き受け額は5兆円を超える。「リスクエクスポージャー」として把握・公表されている損失は、そのうちの一部に過ぎない。勿論、すべてが損失となるわけではないが、すでに、我が国の損保産業も金融投機の一端に関わっていることは厳然たる事実である。金融への傾斜が展望をもたらさないことは、金融危機の中でいっそう明らかとなっており、私たちは、あらためて、警鐘を打ち鳴らしたい。(数値は2008年6月末決算関連資料、同時期のIR説明資料などによる)

5.社会的役割を果たす本業に依拠した金融・保険の再構築を
 金融危機の深まりは、根本において、これまでとは違う経済の枠組みへの模索を促すものとなっている。これは、我が国においては、市場原理主義を教義とした「構造改革」の転換、さらには、アメリカの要求のもとで築いてきた大企業優先の戦後経済の転換も視野に入らざる得なくなろう。金融・保険の領域で言えば、金融危機の教訓に学んで「金融資本競争力強化プラン」を転換し、各業態が、それぞれの社会的役割を果たす本業に依拠する産業として、発展するよう再構築されるべきである。  あらためて言う。損保産業の展望は、補償の担い手として社会的役割を果たすことにある。いまこそ、本業に回帰し、我が国の国民・消費者のために、真に役立つ損保産業を実現するときとなっている。私たち全損保は、この歴史的転換点で、働きかければ明日が変わるということに確信を持ち、真の産業の展望のため、引き続き運動をすすめていく。


以 上




〈用語解説〉
*1)金融工学とデリバティブ
 デリバティブとは、証券や債券、実物商品など(原資産)を対象に、将来の価格や為替の変動、倒産や債務不履行の発生などの想定に基づき、売買や交換の約束を行う金融取引。日本語では金融派生商品。1980年代からはじまるアメリカ金融市場の全面的規制緩和に、コンピュータの進化と「高等」な数理計算を屈指する金融工学が結びつき、価格の変動確率などの計算、ポートフォリオ構築などが行われ、先物、オプション、スワップなど多種多様な取引が拡散した。投機対象として急膨張し、現在の想定元本は、世界のGDPの10倍と言われている。

*2)レバレッジ
 テコの意。金融の世界では、わずかな資金で何倍もの投資(投機)を行うことを指す。自己資産の何倍もの借金を行い(テコをかける)、金融商品に投機を行うことを指す。ヘッジファンドの資産は最盛期で計2兆ドルだったが、10倍のレバレッジがかかり、投機総額は20兆ドルといわれる。アメリカの投資銀行も自己資本の30倍もの借金をし、デリバティブなどの取引、ヘッジファンドへの投資を行っていた。わずかな証拠金で巨額のデリバティブ投機を行ったり、ハイリスク・ハイリターンの投機で通常の何倍もの儲けが出る場合も、「レバレッジがかかった」という。

*3)サブプライム問題
 アメリカで、信用度が最も低い借り手に対する住宅ローンをサブプライム・ローンと呼ぶ。証券化(→証券化商品)の発達で、銀行は、ローンのリスクを抱えずにすみ、証券化ビジネスにとっては原資となる住宅ローンが必要(利息が高いサブプライムローンは好都合となる)となり、2003年ごろから貸付が急増。詐欺まがいの貸付も横行した。この質の悪いローンが、時限爆弾のように証券化商品に組み込まれ、世界に広がっていった。住宅バブルの崩壊で、サブプライム・ローンの返済が停滞し始めると、この時限爆弾が世界中で破裂し、証券化市場全体が機能不全に陥った。このような問題全体が、「サブプライム問題」と称されている。

*4)スーパー・シニア・クレジットデフォルト・スワップ
 CDO(→証券化商品)は、AAAの階層のさらに上位の最上級の階層をもつように、組成されることがある。この階層をスーパー・シニアと呼び、クレジットデフォルトスワップで保証する。このようなポートフォリオを、スーパー・シニア・クレジットデフォルト・スワップ(ポートフォリオ)と呼ぶ。

*5)証券化商品
 資産や債券に関わる収益(家賃収入や元利返済金など)を原資とした有価証券を組成し、投資家にリスクとリターンを移転することを証券化という。多数のローン等がプール化され、「優先劣後構造」により、リスクの低いAAAから、リスクが高いエクイティーまでの階層に分けられ、値がつけられ、投資家はニーズに合った階層の証券化商品に投資する。債権や資産を原資とする証券化商品の総称をABS(住宅ローンを原資とするものはRMBS)、社債や貸出債権を原資とするものをCDOと呼ぶ。ABSを裏づけとするCDOオブABS、CDOを原資とするCDOオブCDOなど、多種多様なABSやCDOが組み合わされた2次的、3次的なCDOも組成される。

*6)OTC取引
 店頭取引ともいい、証券取引所での取引ではなく、金融機関や投資家が相対で行う取引。

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