2008年4月16日
金融庁長官
佐藤 隆文 殿
全日本損害保険労働組合
中央執行委員長 吉田有秀

損保産業の社会的役割を守るための申し入れ

 私たちは、かねてより、労働組合の運動の一環として、国民・消費者のための損害保険産業をめざして、諸とりくみを進めています。過去、貴庁に対しても、申し入れを重ねてきたところです。
 2005年12月には、「保険金不払い、保険料取り過ぎ問題」に関し、貴庁に、二度とこのような事態を招かないよう抜本的な対応を求め、競争強化の方向ではなく、補償機能を重視した損保産業の発展をめざした行政を行うよう要請しました。そして、損保産業では、貴庁の行政処分と監督のもとで「不払い、取り過ぎ」問題の対処が進み、「意向確認」、苦情対応、募集網の質の向上、保険金支払い態勢の構築など、全社をあげて進められています。しかし、これらの諸施策は、「金融改革プログラム」の中でその原型や方向性が検討されていたものであり、「不払い、取り過ぎ問題」の根本にある損保「自由化」の反省と見直しに立ったものではありません。さらにいま、「金融・資本市場競争力強化プラン」が強力に推進され、そこに損保産業も巻き込まれようとしています。  このようななかで、損保産業では、上記の「意向確認」や「募集網の質の向上」などの「会社改革」をすすめて、経営体質の強化やサービス向上を競い合い、成長力・収益力を拡大していこうという新たな競争が激化しはじめています。この競争は、一面では社会的役割を保証する側面をもちつつも、結局は、規模と収益を争う競争のバーとなり、損保産業に、深刻な問題を引き起こしはじめています。私たちが昨秋、組合員を対象にとりくんだアンケートでは、「あなたは『不払い、取り過ぎ問題』を契機とした諸施策が本当に『お客様の安心』や『信頼回復』につながっていると実感していますか」の設問に「実感している」と答えた者はわずかに24.2%となり、「実感していない」35%と「どちらともいえない」39.8%があわせて75%を超えています。国民・消費者の方々との接点に立つ損保労働者の実感は、産業あげての掛け声とは裏腹に、損保産業が社会的役割を取り戻せない実態を示しています。
 貴庁はいま、「金融・資本競争力強化プラン」を推進し、そのもとで「ベター・レギュレーション」にとりくまれていると聞き及んでおります。私たちは、それにより、損保産業の社会的役割が喪失していくことを強く危惧しています。ついては、この機に、損保労働者の率直な実感に耳を傾けていただき、損保産業の真に「健全」な発展に力を発揮していただくよう、以下、要望いたします。


1.「不払い・取り過ぎ問題」への対処がもたらしている現状について
(1)保険契約者への意向確認について
  損害保険の保険契約者への契約内容の説明や意向確認の施策が全社をあげて進められています。しかし、膨大で細部にわたる「意向確認書」のとりつけが、保険契約者の理解を超えることはしばしばであり、「保険会社のためにやっているのではないか」などという苦情も寄せられています。また、保険契約者の実情や従来の扱者と顧客との関係を踏まえずに進められ、確認書の完備状況の数値管理やチェック、不備の場合の再とりつけの業務などが、長時間過密労働など職場実態の劣悪化を招くとともに、保険契約者にも迷惑をかける場合もあります。これらは、いわば「生活必需品」として、あまねく大衆が加入し、基本的な部分では一律の商品内容をもつ損害保険に、画一的・機械的に、投資性商品と同様の手法を取りいれ、保険契約者の自己責任を求めるような考えが招いている問題です。画一的・機械的な対応をやめ、損害保険の特性と、保険契約者の実情を踏まえて、保険目的の確認、商品内容の周知がはかれるよう、「意向確認」の方法を柔軟にとりあうよう要望します。

(2)募集網の質の向上について
 現在、「募集網の質の向上」と称して、保険の「入り口」である代理店の対応力を強化する政策が進められています。私たちは、「質の向上」それ自体には異論はありません。しかし、「募集網改革」、「品質向上」などの掛け声のもとで、業務やシステム改革などと結びつきながら、結局は、効率性を尺度とした淘汰が進められる現状があり、ここには大きな問題意識を持たざるを得ません。無秩序に整理淘汰が進めば、代理店などの募集人の生活権を脅かすだけでなく、地域や顧客の特性に応じて社会の隅々まで損害保険を普及・提供する社会的役割を担ってきた、我が国の損害保険募集網が崩壊しかねません。また、これが深刻化すれば、損害保険会社の全面的な体力競争となりかねず、損害保険の社会的役割を損なう恐れもでてきます。行政、業界ともに、このような観点に立った論議を抜きに、「募集網」政策が進められていることを私たちは危惧しています。「募集網の質の向上」がもたらしている実態を踏まえ、行政として、整理淘汰ではなく、社会的役割を踏まえた損害保険募集のありかたをめざすことを要望します。

(3)労働条件の悪化への配慮について
 損保の職場では、「不払い、取り過ぎ問題」への対応、それに引き続く諸施策の対応が、従来の基本的な活動に二重・三重に付加され、労働条件の悪化が顕著となっています。また、「不払い、取り過ぎ問題」で反省されたはずの数値第一主義が頭をもたげており、一方では増収を、一方では「意向確認」などの施策遂行を同時に求められる実態が生まれています。損保労働者の労働条件の悪化が、労働者自身の問題であるだけでなく、損保の社会的役割を損なう重要な要素となることは、「不払い、取り過ぎ問題」を通じて明らかになったところです。今後、行政を進めるにあたっては、労働条件の悪化にも十分配慮されるよう要望します。

2.新たな政策展開について
 「金融・資本市場競争力強化プラン」が具体化されるもとで、貴庁は、「ベターレギュレーション」を追求し、先般、「平成19年事務年度保険会社等向け監督方針」を打ち出しています。私たちは、この「プラン」のもとで、損保産業の再編「合理化」情勢が深まり、業態を超えた競争に巻き込まれることにより、損保産業の姿が社会的役割と無関係に変容していくことを危惧しています。ついては、損保産業の真に「健全」を展望する立場から、以下の点を要望します。

(1)「金融・資本市場競争力強化プラン」を進めるにあたっては、損保産業の社会的役割を損なうような、金融商品などの業務範囲の拡大、ファイアーウォール規制の緩和、資産運用の規制緩和などは再考してほしい

(2)現在、貴庁が策定しているという「プリンシプル」に、金融各業態の社会的役割を守ることを打ち出し、損保については「我が国の社会に補償機能を安定的に提供する社会的役割を守る」ことを明記し、損保各社に徹底してほしい

(3)貴庁の監督、検査にあたっては、画一的・機械的ではなく、それぞれの保険会社がその規模や特性に応じて損害保険の普及に役割を担っているという実態を踏まえ、損保各社がそれぞれ社会的役割を発揮する観点を重視してほしい

(4)貴庁が「保険市場への参加者(ステークホルダー)との十分な意思疎通の確保」の観点を打ち出していることに鑑み、産業別労働組合との間でも意見交換などを積極的に行うようにしてほしい

(5)「不払い、取り過ぎ問題」への反省、アメリカでの保険危機の教訓などを踏まえ、無秩序な料率競争がすすまないようにしてほしい

以 上



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