朝日火災争議の解決引き延ばしで
問われる野村証券の社会的責任


 今年の株主総会集中日の6月29日、最高裁は、朝日火災海上保険株式会社による労働組合への不当介入・賃金昇格差別をめぐる裁判で、会社の上告を棄却しました。その結果、(1)組合役員選挙への支配介入禁止、(2)時間内組合活動の差別取り扱い禁止、(3)不当配転無効・原職場復帰、(4)賃金・賞与・職能資格・役職の差別是正、(5)謝罪文の店頭掲示を命じた03年9月の東京高裁判決が確定しました。
 この争議では、朝日火災は、81年の都労委の救済命令以来、幾度となく断罪されながら解決を引き延ばしてきました。解決がここまで遅れてきた背景には、親会社である野村証券の法令無視の体質があります。戦後の設立から朝日火災の実権を握ってきた野村証券は、1970年代末に「経営再建」を口実に朝日火災に専務を社長として送り込み、それ以降、その社長の下で組合潰しの不当労働行為が執拗に続けられ、労働条件切り下げの「合理化」が行われてきました。しかし、野村証券は都労委の救済命令や東京高裁の原告勝訴の判決があった後も、違法行為などどこ吹く風とばかり、知らぬふりをしてきました。しかし、今回の最高裁決定によって、朝日火災だけでなく野村証券も、もはや争議の全面解決を逃れられなくなっています。
 野村証券は、かたちのうえでは持株会社・野村ホールディングスの子会社となった2001年10月以降も、朝日火災の実質支配者です。朝日火災の株式の過半数は、野村土地建物、野村ホールディングス、ジャフコ、野村不動産、野村総合研究所などの野村グループによっで所有されています。朝日火災のトップはいまも野村証券から送り込まれています。この二事をとっても野村証券に本争議解決の責任があることは明らかです。
 この争議の解決における野村証券の責任について考えるには、同社が企業倫理にもコンプイアンス(法令遵守)にもとる事件を再三にわたり起こしてきたことを想起する必要があります。
 バブルが崩壊した91年には野村証券は、大規模な損失補填や暴力団がからむゴルフ場会員権の取得などの証券スキャンダルが発覚し、社会の批判を浴びました。にもかかわらず、95年には総会屋グループ代表小池隆一に、利益の付け替えなどで約五5000万円を供与し、また同年の株主総会に協力しでもらう謝礼ならびに証券取引の損失補填として、現金3億2000万円を渡しました。酒巻英雄社長(当時)の指示でなされたこの現金供与は、マスコミでは、91年の証券スキャンダルで退任した田淵節也元会長、田淵義久元社長の取締役復帰を円滑にするための株主総会対策として行われたと報じられました。
 酒巻社長退陣後、鈴木政志社長のショートリレーを挟んで就任した氏家純一社長は、「社会の倫理規範から一寸たりとも外れない」とコンプライアンスを社会に誓いました。 しかし、これを言葉どおり信用することはできません。そのことは同社の女性差別事件で、東京地裁が02年2月、「野村証券のコース別人事制度は違法」という判決を出したにもかかわらず、いまだに是正していないことをみても明らかです。
 世界ではいま投資先企業が倫理・環境・人権・労働基準などにおいてCSR(企業の社会的責任)を果たしているかどうかを重視して投資行動をとるSRI(社会的責任投資)が大きな流れとなっています。ところが、野村証券は、先の女性差別事件がILOで取り上げられ、ヨーロッパのSRI格付け会社のGESから、昨年12月、「女性差別で投資不適格」とされました。今年の野村(ホールディングス)の株主総会では、この問題に関する質問があり、いまは投資不適格企業から外れているという説明があったようですが女性差別を是正していない以上、コンプライアンスとCSRが問われている状況には変わりはありません。
 さかのぽって、東京地裁は、01年8月の判決の際に、朝日火災に都労委の救済命令を守るように緊急命令を出しました。 しかし、同社がこれに従わなかったために、東京地裁は03年9月に緊急命令不履行で過料(罰金)の支払いを命じました。同社はこれを不服として東京高裁に抗告、最高裁に特別抗告しましたが、いずれも却下され、100万円の過料が確定しました。これは保険会社としては前代未聞の恥ずべき行政罰ですが、このときの法令違反も親会社の野村証券の意を受けたものであることはいうまでもありません。
 「 社会の倫理規範から一寸たりとも外れない」と豪語した氏家社長は、03年4月に退陣し、古賀信行社長に交替しました。現在、野村ホールディングスのHPには「社内の全部署において『法令違反の疑いがある行為』が発生しないように努めると共に、仮に問題が発生した場合でもそれが経営レベルにまで漏れなく伝達され、適切に対処される体制の構築が極めて重要である」と書かれています。古賀社長が真にこのように認識しているとすれば、野村証券は、親会社の責任において朝日火災裁判の最高裁決定に従い、争議の全面解決に速やかに応ずるべきです。
 企業をとりまく環境は時代とともに大きく変化してきました。今日の変化を示すキーワードを3つあげるとすれば、コンプライアンス、CSR 、SRIであると言ってよいでしょう。これらのテストに合格しない企業は投資家からも社会からも受け入れられなくなっていきます。それがいまの世界の流れです。野村証券もそうした流れを受けて「野村グローバルSRI100 」という社会的責任投資ファンド(信託)の運用に乗り出しています。
 しかし、野村証券自体が「社会的責任に関する基準に合致する企業」として内外から評価されるためには、女性差別事件とともに、最高裁で労働者の勝訴が確定した子会社の朝日火災争議を解決することが先決です。朝日火災の経営権を握る野村証券が最高裁決定に従う姿勢を示しさえすればこの争議は直ちに解決します。その意味で野村証券の経営責任および社会的責任はきわめて重大です。

株主オンブズマン代表 関西大学教授 森岡孝二







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