スコープNIU

2008年12月6日 全損保学習会
村上剛志さん 講演
U.健康を守るために 労働安全衛生法の活用を
労働者の健康を守るとりくみをするための実践的な法律
 そういう健康障害を起こさないために、日本には職場の健康と安全を守るために労働安全衛生法があります。それを職場で活用して長時間労働の縮減をはかる。健康障害を起こさない仕組みを作ることにとりくんでいただきたいと思うのです。
 労働安全衛生法は、1972年に労働基準法から独立して体系化されました。私は、「労働安全衛生法というのは労働者の健康を守るための法律なのですよ。憲法9条と同じように大事にしてください」と訴えているのですが、労働基準法と労働組合法は知っているけれども、労働安全衛生法を知っている方は限られています。だから、私は、これは大事な法律ですよ、それを職場で活用してくださいということをお話しするために、全国に出向いていくのです。この法律は、神棚において拝んでいればうまくいくという法律ではなく、実践的な法律なのです。実際に労働者、労働組合が、根拠になっている条文を活用して、職場で健康を守るためのとりくみをするためにある法律なんです。
 労働安全衛生法は全122条で成り立っていますが、特に強調したいことは、事業者の責任を明確にしているということです(資料7)。
 法律の目的は「労働基準法と相俟って、危害防止基準の確立、責任態勢の明確化、自主的計画的な対策を推進することにより、職場における労働者の安全と健康を確保し、快適な職場環境の形成を促進すること」ということがこの法律の目的です。労働者の安全と健康を確保する法律だということです。労働安全衛生法は、国家公務員を除いて全労働者に適用されています。
 第3条には事業者の責務が定められ、「この法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の形成実現と労働条件の改善を通じ、労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない」とされています。事業者が労働者の安全と健康を確保しなければならないということです。だから「労働者の健康なんてどうでもいい」とは、絶対に言えないのです。
 また、事業者は「国の実施する施策に協力しなければならない」と定められており、たとえば、「心の健康づくり指針」とか「過重労働防止対策」など、厚労省の通達や指針も含め、事業者は、労働災害の防止に関する施策に協力しなければいけないということになっています。そういう通達や指針はたくさんあります。
 労働安全衛生法とは、このような法律で、労働者の健康と安全の確保、快適環境の形成をはかり、事業者の責任を明確化し、罰則規定も多くあり、1年間に800件が送検される厳しい法律です。

努力義務であっても威力を発揮する条文 安全配慮義務違反と過労死裁判
 また、罰則規定ではなく努力義務とされている条項もありますが、努力義務でもすごい威力を発揮するという条文もあります。それを示したのが「電通裁判」です。労働安全衛生法第65条の3には「事業者は、労働者の健康に配慮して、労働者の従事する作業を適切に管理するように努めなければならない」と、事業者の安全配慮義務が明記されています。これが、広告最大手の電通の過労死裁判判決で引用され、その後、過労死の裁判の判決では65条の3が引用されています。労働安全衛生法は全122条で、付属の規則もたくさんあるのですが、これは大事な条文なのです。
 「電通裁判」の最高裁判所の判決は次のように断じています。
 「使用者はその雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行にともなう疲労や心理的負荷等を過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務があると解するのが相当であり、使用者にかわって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限をするものは、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使するべきである。その理由は『労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続する等して、疲労や心理的負荷が過度に蓄積すると労働者の心身の健康を損なうことは周知のところであり』、『労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全基準法65条の3は、作業の内容等は特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適正に管理するように努める旨定めているが、それは、右のような危険を発生するのを防止することをも目的とする者と解される』からである」。
 いま、過労死の判決では必ずこれが出てきます。労働安全衛生法の中では、「努めなければならない」という規定ですから罰則がついていないのですが、いざとなるとものすごい威力を発揮する条文です。
 第71条の2は、「事業者は、事業場における安全衛生の水準の向上を図るため、次の措置を継続的かつ計画的に講ずることにより、快適な職場環境を形成するように努めなければならない。」と定めています。資料の「快適職場指針の体系と概要」(資料8)のとおりですが、私が執筆しました「やさしい労働安全衛生法」(かもがわ出版)に、この部分を詳しく紹介をしていますので、ぜひ参考にしてください。この条文の通り、事業者は労働者に安全で健康に働かせる努力義務、作業環境を快適に形成するようにしなければいけない努力義務があります。そこになかなか労働者は気がつかず、事業者に要求しないで、だんだん健康が悪化してきてしまったということが現在の状況なのです。だから、もう一度ここに立ち返ろうというのが私の申し上げたいことになります。

前進する労働安全衛生活動 世界に先立ち、ILO安全衛生の促進条約を日本が批准
 そしていま、労働安全衛生活動に新たな展開があり、びっくりするような情勢が生まれています。なんと2007年7月に、「労働安全衛生の促進的枠組み条約」というILO187号条約を日本が世界で最初に批准しました。どういうものかというと、労働者の安全と健康を守る予防の原則が国の施策の国の最優先課題とされるということを明確にした条約なのです。これを日本が世界で最初に批准したのです。
 187号条約の中心は、「安全衛生に対する予防的な国民文化を醸成する」ということですが、その内容は「安全で衛生的な労働環境に関するあらゆる権利が、あらゆる段階で尊重される文化であるとして、政府、使用者、労働者が安全で衛生的な労働環境の確保に積極的に参加し、予防の原則が最優先課題とされることを言う」と言っています。
 「衛生」と言うと、日本では、整理・整頓・清潔・清掃と思ってしまうのですが、本当は違います。その基本は、生命を守ること。命を守ることが衛生なのです。英語でいうと、Safty&Healthといいます。日本では、「衛生」は整理整頓と思ってきましたが、国際的には安全と健康を守るということを理解してください。その予防の原則が最優先課題とされるという条約を批准したということなのです。

労働契約法に明記された安全配慮義務
 そして、この条約の批准を受け、2008年3月には労働契約法で安全配慮義務が明記されました。大変に展望ある情勢になってきているのです。その第5条に「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と、事業者の安全配慮義務が明文化されたのです。
 いまは、非正規雇用の労働者の権利擁護の問題が重視されていますので、労働契約法に関して、労働法学者は、この大事な安全配慮義務を飛ばして解説する場合が多いのです。それも大事ですが、安全配慮義務が明記されたことはすごく大事なことです。しかも、この法律には、「法第5条にある『労働契約に伴い』は、労働契約に特段の根拠規定がなくとも、労働契約上の付随的義務として使用者は当然に安全配慮義務を負うことを明らかにしたものである」ということと、「『その生命、身体等の安全』には、心身の健康も含まれるものである」ということですから、要するにメンタルヘルスの維持/保全を図る義務が当然に事業者にはあるのだ、ということが労働契約法では出てきたということです。

教員の職場ですすむ労働安全衛生法の積極的な実践
 ILO187号条約を受け、2008年の12月には「公立学校の労働安全衛生体制の整備について」という文書が、文部科学省から全国の教育委員会に通知されました。全国の教育委員会が教員の安全と健康を守る義務がある、そのための安全衛生の整備をはかれというものです。この通達では、教員の安全と健康を守ることは、学校の教育に資することになるということを言っています。その後、文部科学省のとりくみをみますと、教員の場合は調整給というものが支給され、残業が野放しになっているのですが、それをきちんと残業手当で支給していく方向を検討しようと、5月から8月まで審議会を開いて、全日本教職員組合や、日高教や、日教組を全部呼んで、どういう考え方をもっているかをヒアリングし、見解をまとめるという作業をしていまする。このような大変な動きが出ています。

安全衛生活動を拡充 事業主に残業時間把握を義務付けた2006年の法改正
 2006年4月には、労働安全衛生法、労働安全衛生規則が改正されました。その内容は資料にお示しした通りです(資料9)。
 この改正では、長時間労働をした労働者に産業医が面接指導することを義務づけました。資料10は「長時間労働者への医師による面接指導制度」という厚労省が出している通達ですが、長時間にわたって行われた労働で疲労した労働者に対して医師の面接指導を実施し、色々なアドバイスを、本人にも、事業者にも行うということになりました。2006年に改正されたときには50人以上の事業場が対象だったのですが、2008年の4月からは、50人以下の事業場でも適用されることになりました。ですから、そのためには残業時間がいくらやっているのかと管理者が把握しなければならない。それならば、把握のためのシステムを作らなければならないということで、今一斉に対応が始まっています。
 特に学校は、これまで、その把握ができなかったので、全国の教育委員会が各県段階で「過重労働防止対策要綱」をつくって、残業時間の把握をしてきています。通常の残業時間と家へ持ち帰った残業時間、土日に出てきてクラブ活動をやっているなども含め、全部を入れて残業時間を把握するようにということを通達で出して、一斉に始まっています。

安全衛生委員会での過重労働とメンタルヘルス対策の樹立を義務付け
 また、労安法の改正では、過重労働とメンタルヘルス対策が安全衛生委員会の審議事項になったということで、50人以上の事業場は、安全衛生委員会を設置し、過重労働対策やメンタルヘルス対策を樹立しなければならないと法改正されました。
 安全衛生委員会は50人以上の事業場には全部設置義務があります。これは設置していなければ安全衛生法違反ですから、労働基準監督署に設置するように申告して、設置させるという活動が必要です。そして、例えば、長時間にわたる労働による労働者の健康障害の防止をはかるための対策などの樹立について、労使で審議しなければならないと言っているわけですね。
 安全衛生委員会というのは、就業時間内、労使同数で開催することになっており、時間外にやった場合には時間外手当を付ける。また、多数決で決定をしてはいけないという決まりになっていますから、会社が一方的に決めることはできません。ですから、長時間労働に対する健康障害の対策、労働者の精神的健康の保持増進をはかるための対策を、どう打ち立てるか、衛生委員会の場で、計画を立て、実行しなさいということが義務づけられたのです。

改正労働安全衛生法を職場で活用しよう
 このように改正された労働安全衛生法を職場で活用することが重要です。安全衛生委員会では、健康を守るためのあらゆることについて話し合いができる。残業時間の把握が必須の条件になる。これは、裁量労働だから労働時間の把握をしなくていいということではありません。監督署は、裁量労働だって何時間働いているのかは把握しなさいと法改正のときに指導しています。
 また、法改正にともなっていろいろな通達や指針が改正されました。2006年3月17日には「過重労働による健康障害防止のための総合対策」、3月31日には「労働者の心の健康保持増進のための指針」が出されています。また、これまでの主な通達指針としては、活用できるものには、2001年4月に「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」、2002年4月にはVDT作業の基準を決めた新VDT作業ガイドラインが出されています。メンタルヘルスの問題でいうと、一方的に職場復帰がすすめられると労働者のためにならないということもありますので、労働安全衛生委員会で職場復帰のやり方を決めなさいという「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」も出されています。

前進する教員の労働組合のとりくみ
 このように、安全衛生に関して、大きく情勢が進んできているということですが、特に、教職員組合の活動が進み学校に「労安の風」が吹きはじめています。50人以上の事業所には安全衛生委員会の設立義務があり、これは罰則規定です。事業者は必ずやらなければなりませんが、小学校、中学校は50人以下も多いのです。ここを突破して、50人以下でも安全衛生委員会をつくろうじゃないか、ということで、教職員組合が動いています。埼玉、仙台、堺、広島では、50人以下の学校でも安全衛生委員会が活動して職場の改善が進んでいます。
 どういう活動をしているのかというと、全国の学校で学習活動が展開されています。私も関係したのですが、早稲田大学の教職員組合にも何度か呼ばれて、安全衛生委員会の活動の基本を話したり、当局と交渉する間際になると質問事項のファックスが来まして、回答を書いて送り返すとか、そんな活動をしておりましたが、2008年4月から全キャンパスで安全衛生委員会を確立して、今活動を始めています。
 また、今年7月には、筑波学園都市の産業技術総合研究所に呼ばれました。というのも、そこは今までは国立機関でしたから、労働安全衛生法が適用されなかったのですが、独立行政法人になったために全部適用されることになったのです。みなさん、理学博士、工学博士という方々 が本気になって労働安全衛生委員会を確立しなければダメだということで、活動をはじめました。色々と東京の大学にも呼ばれておりまして、労働安全衛生法を活用して、健康障害をなくしていこう、長時間労働を改善しようという、さまざまな活動が前進しています。

安全衛生管理体制を確立するポイント
 安全衛生管理体制の確立のための、基本的なポイントは資料にまとめました。1,000人以上の事情場規模には総括安全衛生管理者がいて、労働者の安全と衛生を守る具体的な活動を行い、その方針を表明しなければいけないということになっています。50人以上の事業場では、安全衛生管理者をおいて、労働者の健康を守る対策を進めなければなりません。
 50人以上の事業所には、産業医をおいて、さきほど述べましたような面接指導や職場の巡視をしたり、安全衛生委員会に出席し、健康診断実施後の具体的な対策について話しをしていくこと、また、事業者に勧告するなどの重要な役割を果たすことになっています。
 さらに、安全衛生委員会は50人以上の事業場には設置義務があり、長時間労働対策やメンタルヘルス対策を樹立をして、対策を図らなければならないということになっています。  資料に「安全衛生管理活動チェックリスト」(資料11)がありますから、自分の職場でこれが行われているかどうかをチェックしてみてください。やっていないところがあったら監督署に申告したら、すぐに是正できます。産業医がいないところは、すぐに選任せよということになります。衛生管理者は国家試験ですから、受験をする準備をしないといけないのですが、安全衛生の管理活動と自主点検と衛生教育だとか、健康診断ということは皆さんの職場ではどうでしょうか。衛生教育でいうと、メンタルヘルスの問題では衛生教育がされていないから仲間も職場も戸惑ってしまうということがあるわけです。管理者だって、研修を受けていないと、職場で色々なハラスメントにつながるというようなことも起こってくる。ということで、このチェックリストに沿った活動が行われているかどうか点検して、労働組合で会社に改善を申し入れ、改善しなかったら労働基準監督署にいって是正させるということも必要です。監督署は、会社に行って、どういったことが行われているか、法律上選任が必要な人が選ばれているか、必要な機関があるのかどうか、を必ずチェックし、安全衛生委員会の議事録を見せてもらい、開催されているかどうかを確認して、具体的な指導をするということになっています。
 みなさんの職場でいうと、特に適用されなければいけない規則として、事務所の衛生基準規則があります。換気、照明、温度を快適に維持すること、更衣室や休憩室、休養室の設置義務などが定められており、女性の場合は、女性労働基準規則があり、重量物の運搬や有害作業をしないように、という規則があります。

労働条件のことは何でも、何度でも話し合える安全衛生委員会
 あらためて、安全衛生委員会に触れますが、月に1回以上、就業時間内で、労使同数で開催し、過半数決定をしないというのが安全衛生委員会の原則です。1972年に労安法が制定されたときにこういう基準が示されて、それ以来ずっとこの基準でやっています。会社側の人が議長をやっても、「過半数決定をしよう」などと言ったら、「間違っていますよ」と言わなければなりません。ですから、例えば長時間労働について、結論が出なければ、「今日は時間が来ましたから」といって、また次の機会にしましょうということで、話し合いが継続されていくということですね。労働条件のことは何でもこの中で話せます。だから、教職員組合の方は、「これで何でも問題を打開できる」ということで、積極的な活用をしているのです。
 また、これまで出された通達や指針を活用するという観点が大事になります。例えば指針で言いますと、資料にある「過重労働による健康障害防止のための総合対策」の中で、面接指導をするための手続きの条文があります。「事業者は面接指導などを適切に実施するため、衛生委員会等において、以下の事項について調査審議を行うものとする」とありますので、45時間以上の残業の人、80時間の残業の時間の人を把握して、どのような面接指導するのかということも衛生委員会で調査審議を行うということになり、何でも話しができるということです。ですから、団体交渉もありますが、こういうところも活用して対策と改善を図っていくことが大事なことではないかと思います。






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