スコープNIU

2009年4月17日・全損保シンポジウム 危機と展望 そして労働組合の可能性 再編『合理化』情勢第二幕にどう向き合うか 於)中央大学駿河台記念館
高田 生産と消費の矛盾が過剰な貨幣資本として積み上がる経済
 それでは、今後の金融の問題、あるいは人々のくらしの問題についてどう考えていけばいいのかということですが、現在起きている問題には、いろいろな原因というか、背景があります。みなさんの関心と近いところで、最も重要なファクターをあげるとすれば、それは経済格差の問題です。特に賃金がここ20年くらい、非常に抑制されて、アメリカなどでは実質賃金がマイナスになっていますが、そうした実質賃金の切り下げ、雇用の不安定、社会保障の切り捨て、などから出てくる消費の低迷、つまり生産と消費の矛盾が、現在起きている問題の根底的な原因になっているとみています。
 昔でいえば、そうした生産と消費の矛盾は、過剰な設備投資が起きて、遊休設備が起きて、在庫が増えて、ものをつくっている企業が莫大な損失を被って設備を廃棄し、人減らしをするという形をとる。これが昔の恐慌なのですが、現在はそういう形をとりません。現在の経済の仕組みは、お金が企業ではなくて、金持ちと機関投資家のところに集中する仕組みになっています。また、企業や余裕資金を積極的な設備投資に振り向けないで、配当を増やしたり自社株を買い戻したりすることに費やしています。そのために、生産と消費の矛盾が、過剰な生産設備、過剰な在庫ではなくて、行き場のない、しかし、とにかく利益をあげないといけない過剰な貨幣資本という形で表面化してくるという、経済の仕組みになっています。

40兆ドル以上の過剰な貨幣資本が、高リスクの投機求め、世界中を動き回っている
 それでは過剰な貨幣資本とは一体どこにあるのか。どこかで遊休しているのかと言うと、そうではない。現代資本主義のもとでは、投資可能な貨幣資本は銀行やさまざまな機関投資家の手元に集中されています。ここで問題は、過剰なお金は貯蓄すればいいわけですが、過剰な「資本」は遊ばせるわけにいかないということです。資本というのは最終的な「持ち手=投資家や債権者」から「2%でまわせ」とか「6%の配当をよこせ」とかいわれますから、運用する銀行や機関投資家は遊ばせておくことはできません。とにかく無理を承知で運用しないといけません。こうして、節度のない貸し出しや、証券市場や不動産市場での無謀で反社会的な投機活動が蔓延することになります。
 過剰な貨幣資本に関する統計はきわめて不備で、専門家が信頼して利用できる統計というのはないのですが、メリルリンチが毎年公表しているリポートによれば、2005年現在、1億円以上、ドルでいえば100万ドル以上の金融資産−自分が借りているのを全部差し引いたネットの金融資産−を持っている人が世界中に950万人いるそうです。そして、この人たちのお金を集めると、世界中で37.2兆ドルになるそうです。このような人達は、こんな莫大なお金を消費にまわすはずはないわけです。株や投資信託ということもあるでしょうが、かなりの部分はヘッジファンドや投資ファンドのような非常にリスクの高い、投機的な資金にまわされます。
 また、そういう金持ちのお金ではなくて、年金基金であるとか、生命保険であるとか、庶民の投資信託であるとか、そうしたものもそれぞれ十数兆ドル前後、あわせると40兆ドル以上あると思いますが、最近の傾向としては、そういう年金基金や保険会社も、お金を普通に安全重視でまわしたので利益が上がらないので、その多くをヘッジファンドも含めた、オルタナティブ(代替)投資と呼ばれる、非常に高リスクで政府から一切規制を受けないような、危険で投機的な機関投資家に運用する傾向が強まっています。ソブリン・ウエルス・ファンド(注8)のような政府系ファンドも、ますます多くをヘッジファンドにまわすようになっています。
 このように過剰な貨幣資本は、どこかでのんびり遊んでいるのではなく、最初は安全な投資でまわされますが、資本の過剰の程度が強まってくると、それでは利益があげられなくなり、投資家が満足しなくなってきて、ファンドマネージャーはますますリスクの高い分野に運用するようになっていく。これが歴史の示している法則です。
 ですから、例えば投資信託一つとっても、最初はマネーマーケットファンド(注9)など、短期でリスクの非常に少ないもので運用する。投資家が満足しなくなってくると、国債のような安全ではあるが長期で、もうちょっと利回りのいい証券に投資されるようになる。さらに、それでも投資家が満足しなくなってくると、株式で運用するようになり、その割合がどんどん高まってくる。株式でも満足しなくなると、ヘッジファンドや投資ファンドに資金が流れていくということになるわけです。過剰な貨幣資本は、規模が大きくなり、機関投資家の競争が厳しくなって、利回りが低下してくると、次第に競争圧力にさらされて危険な分野の投資に誘導されていくというのが法則です。
 日本は、まだまだアメリカのように、投資信託が個人の資産のなかで重要な役割を果たしておらず、今回のバブル崩壊が起きて、ある意味、早い段階でブレーキを踏む機会があって良かったと私は思っているのですが、アメリカとイギリスは家計を含めて非常に深くリスクの高い投資に踏み込んでいます。そのために、今回の証券バブルの崩壊で家計部門は非常に大きな打撃を被るし、それだけアメリカ経済の回復は遅れるだろうと見ています。

(注8) ソブリン・ウェルス・ファンド(Sovereign Wealth Funds) いわゆる「政府系ファンド」であり、各国の政府が外貨準備などの一部を出資し、政府系投資機関が運営するファンド。
(注9) MMF(money market funds) 利用者から預かった資金を国内外の公社債やコマーシャルペーパーなどの短期金融市場商品で運用する金融商品。安全性と流動性が高いと言われ、小口で販売されるため、アメリカでは預金変わりに利用されていた。リーマンブラザーズ債への投資が原因で元本割れが生じる事態となり、社会的問題となった。

長期的な解決の方向は、根っこにある生産と消費の矛盾を解決すること
 いずれにしても、一方に、銀行や機関投資家によって投機的に運用されている過剰な貨幣資本が、おそらく何十兆ドルも世界中を動き回っている。他方では、何十億人という人が失業し、あるいは不安定な雇用形態のまま低賃金で働いている。正規の雇用で働いている人たちも社会保障を削られて、自分のポストが不安定になって賃金が抑制される。これがある意味、古典的な言い方をすれば、資本と労働の矛盾、生産と消費の矛盾というものの現在的な姿だと思います。ですから、現在では、資本制生産の矛盾の爆発である恐慌とは、はっきりと過剰生産恐慌としては起きず、主として金融バブルの崩壊あるいは金融恐慌という形で起きている。その金融恐慌も、ごく最近では株式市場だけではなく、非常に複雑な仕組み証券市場、デリバティブ市場、さらには商品先物市場などのバブル崩壊という形になっています。ここに問題の根本があるとすると、それをただすための最も基本的な方向は、まずは、根っこにある生産と消費の矛盾を解決しなければいけないですから、社会保障を充実したり、それから失業者を少なくしたり、働いている人の賃金を増やして消費需要を拡大すること以外に、長期的な解決の方向はないだろうと思います。
 ところが、企業の経営者はこれとは全く逆のことをやっています。個別の経営者の観点からすれば、人減らしをしたり賃金を削ったりすることが短期的な利益の確保につながるという考えがあるのかもしれません。しかし、もしもすべての経営者がこれをやると、生産と消費の矛盾はさらに悪化し、その結果、壮大な合成の誤謬が起きてしまうわけです。つまり、経営者一人ひとりは理屈の通ったことをやっているが、全部あわせるととんでもない大間違いになってしまうという事態が、今現在起きていると思います。社会保障の切捨て、消費税引き上げなどを目指している政府は、そういう動きを是正するのではなく、むしろ促進する政策をとっていることになります。

労働組合、市民社会が力を合わせて逆転する政策を迫るほか解決の方策はない
 したがって、このような動きを逆転するためには、実際に金融危機と不況の負担を一番受けている労働組合の方々だとか、あるいは、いろいろな社会問題に取り組んでいるNPOやNGOの人たち、いわゆる市民社会のさまざまな組織が力を合わせてこの問題を指摘し、現在の方向を逆転するための政策を一つひとつ、政府あるいは企業経営者に迫っていく社会運動を起こす必要があります。こうする以外に、私は、現在の金融問題を、根っこから解決する方策はないと思っています。今回の金融危機に関連して、金融機関の経営者の腐敗の問題、それから反社会的投機の問題など解決しないといけない不正常な問題が山ほどあるのですが、問題の根っこには、金融だけではなく、経済の仕組み全体の大きな矛盾が横たわっているわけです。したがって、長期的にはその根本的矛盾を是正する方向に社会の進路を転換しなければ、今後も繰り返し深刻な金融危機が発生するのは避けられないだろうと思います。
 いま、一般論を申し上げましたが、今回の金融危機と同時不況を目の当たりにして、世界の経済学者、あるいは国際的な労働組合連合組織などが、将来に向けていろんな提言を行っています。全部紹介することはできませんが、私が良く整理された提言のひとつと思っているのは、アメリカでラディカルな経済学者や社会学者が集まっていることで有名なマサチューセッツ大学のグループが中心になって作成した「経済の復興と金融の改革のための進歩的なプログラム」(Progressive Program For Economics Recovery & Financial Reconstruction)です。これは、今年1月に出された比較的新しい提言で、ガルブレイスやクロッティなど著名なアメリカの経済学者を含めて多くの研究者が賛同して名前を連ねており、一番まとまった、しっかりした提言だろうと思います。このなかでも、社会保障の充実であるとか、国民の教育負担を政府が大々的にやる必要があるとか、毀損した社会的なインフラを回復する公共投資をやるべきであるとか、いろいろなことがあげられていますが、それと並んで、格差の是正の問題と賃金の問題が非常に重要だと強調されています。

経済の健全な復興のために、労働者の権利の回復、労働組合の交渉力の強化を
 本日は、労働組合で活動しておられるみなさんの前でお話しする機会を与えられたわけですが、皆さんには、遠慮なく賃上げ、社会保障の充実、さらには、株主のための配当ではなく労働者が受け取る労働分配率の引き上げなど、いずれも労働者・国民のくらしむきを良くする対策を政府と企業が本気で講じなければ経済は立ち直らないということを経営者に対して主張していただきたいと思います。政府に対しては、金融機関の救済や株価回復ではなくて、雇用創出、賃金引上げ、社会保障充実、教育やインフラ整備など、国民生活の根っこにかかわる部分に公的資金を投入すべきだと主張していただきたい。金融危機の根本的な解決のためには、こうした政策によって、根源にある生産と消費の矛盾を改善し、そのうえで必要な金融問題に対する手当てをしていくのが正しい手順であろうと考えています。
 こうした主張は、金融機関で働いている人や金融機関の立場と利害を離れて、国民経済の観点から見てもまっとうな主張ですから、ぜひみなさんも強い立場で賃上げを要求し、さらに、企業の中における労働者の権利や人権、労働組合の交渉力を高める運動に取り組むべきです。労働組合がやるべき運動は、政治的なレベルの運動と、賃金を上げろ、社会保障をやれという実質経済的なレベルの運動と二重の運動をやる必要があると思いますが、経済的な利益の回復と同時に労働者の権利の回復、そして組合の交渉力の強化という点は非常に重要です。それをみなさんが要求することが、国民経済の健全な復興につながっていくのですから。金融機関はもうかっていないのに、中小企業がたくさんつぶれているのに、金融機関で働いている人間が賃上げを要求するのは気が引ける、と考える必要は全くないわけで、そこはぜひ堂々と要求して実質的な賃上げをかちとっていただきたいと私は思っています。
 時間が超過しているようですので、とりあえず皮切りの話としては一応の区切りとさせていただきたいと思います。ありがとうございました。

土方  ありがとうございました。高田先生からは、金融を研究しているという立場で、最終的には金融危機がどのようなものであるのかということ、この金融危機を根本的に解決するためには労働組合を含めた市民社会の運動が重要だということについてご指摘を頂いたと思います。





←前のページへ  このページのTOPへ  次のページへ→