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4・18シンポジウム この職場から 日本の安心安全は守れるのか パネリスト報告 B
吉田有秀さん 「不払い、取り過ぎ問題」の
昨日・今日・明日


全損保委員長 吉田有秀
尾高)  それでは吉田委員長、お願いします。

吉田)  私のほうからは、この機会に、「不払い・取り過ぎ問題」の昨日・今日・明日をみていく中で、この事態がなぜ起こって、そこにどんな問題があるのかということについて、説明を試みたいと思います。


■「不払い、取り過ぎ問題」とは
◆100機に1機の欠陥飛行機があるのと同じこと
 まず、「不払い・取り過ぎ問題」とは何だったのかについてです。量的な把握を 図表13 にまとめました。「付随的な保険金支払い漏れ」、「第3分野の不適切な支払い」というのが、いわゆる「不払い」ですが、これが約400億円ありました。一年間の損害保険の支払の総額は約3兆7千億円くらいですから、1%以上が不払いだったという計算になります。保険ですから、山口議長や、桑田委員長の話と違い、欠陥商品でも直接命を奪うというわけではないのですが、1%と言えば、例えば飛行機が100機のうち1機が欠陥飛行機だということと同じだと考えますと、やはり驚異的な数字ではないかと思います。「保険料の誤り」ということでは、2007年度を通じて、契約確認調査を行い、不適切な契約の是正をしており、いま集計しているといわれる調査結果が分からなければ正しい計算はできませんが、おそらく相当な数値になるのではないかと思います。これも約束どおりもらわなかったということですから、「不払い問題」と質は同じです。

◆保険会社の競争の仕方が悪いという認識で進んだ問題の対処
 それでは質の面ではどうかということですが、約款どおりに保険金を支払う、約款どおりに保険料を徴収するということは、損害保険の最も基本的な機能ですから、そこが傷ついたということでいえば、これは極めて深刻な問題です。ストレートに損保の社会的な役割が損なわれたという事態です。 図表14 に業界内の認識を並べてみましたが、その点については、全損保も、東京海上日動も、損保協会もあまり認識は変わりません。今までお話したところは、労使ともに争いがない事実だということになります。
 それでは、なぜこの問題が起こったのか、という点はどうでしょうか。ここからは「不払い、取り過ぎ問題」の昨日ということになるわけですが、 図表15 をご覧ください。全損保は2006年11月に「緊急提起」をまとめたのですが、そこで、みんなで論議して「不払い・取り過ぎ問題」がなぜ起こったのかという原因の全体像を5つに分けて考えました。一つひとつをここで説明しませんが、要するに、こういういろいろな「歪み」が重なった中で、とうとう損保の基本的な機能が傷ついてしまったということになります。しかし、実際に金融庁の指導のもとで進んだ「不払い、取り過ぎ問題」の対処では、このような原因の全体像の把握が素通りされました。特に最も重要と思われる、1番目に示した「自由化」と競争激化との関係が語られず、「自由化」が悪いのではなく、保険会社の競争の仕方が悪いのだという認識のままで対処が進んでいきました。これは本当にとんでもない話だと思うのです。


■「不払い、取り過ぎ問題」の昨日
◆歴史観もって「歪み」をみる
 なぜとんでもないのかというと、さらに歴史観をもってなぜ損保が歪んだのかということをみていくとわかります。 図表16 は、何が損保産業を歪めてきたのかということを、損保の動向、時代を表すフレーズ、背景や要因となる情勢を整理してとらえたものです。例えば60年代、損保の動向としては保険審議会が設置をされたということになるのですが、その背景には高度経済成長がある。そして、高度経済成長が転換点を迎えて資本・貿易の「自由化」を進めていくなかで、保険審議会が「自由化答申」というものを出したと。そうなりますと、損保大手の大衆化路線が始まっていく。キャッチフレーズとして「とって10年、とられて10年」なんてことが言われたということですね。また、例えば、70年代は石油ショックがあって、企業は減量経営に走り、損保には「効率化答申」というものが出された。ここに、「知恵出せ、汗出せ、数字出せ」「朝駆け1件、夜討で1件、昼飯抜いてもう1件」という積ファ戦争というのが起こり始めていったということです。
 そういうことをここで整理をしているわけですが、結局、国の経済政策、金融政策のもとで損保についてはこういうことをしろということが「保険審議会答申」という形で打ち出されていって、そのなかで「知恵出せ、汗出せ、数字出せ」が、「暗闇の中の終わりなき決闘」となって、今度は「生き残り我慢論」「経費ゼロでの生保参入」というように、損保産業がどんどん歪められていったということになります。 図表15 で「不払い、取り過ぎ問題」の原因の2つ目にあげた、「長年の不公正過当競争と保険金支払業務の実態」というのは、今申し上げたようなように損保が歪められてきたなかで、形作られてきたということになります。

◆長年の「歪み」がただされず、98年「自由化」が決定打に
 この損保の長年にわたって形作られた「歪み」がただされないまま、98年「自由化」を迎えたことが、「不払い、取り過ぎ問題」の決定打になったということになります。 図表17 は、この98年から「不払い・取り過ぎ問題」が発覚する2005年に至るまでの「自由化」の様々な出来事と、再編情勢の深まりなどを整理したものです。時間の関係から説明抜きでいきますが、98年に算定会料率遵守義務が廃止され、いろいろな「自由化」が進み、競争は激化の一途をたどり、再編「合理化」情勢が深まっていく。そして、また競争は激化し、再編「合理化」情勢は深まっていく。このなかで、大手も中小も、合併・統合あるいは資本提携を進め、第一火災、大成火災が事実上の経営破綻に陥り、太陽火災は吸収されるという顛末になるわけです。このように再編や破綻をともなうというかつてない姿で競争は激化の一途をたどり、その病理として「不払い・取り過ぎ問題」が表面化したということになります。

◆数字でみる損保産業の「歪み」
   ―握りの大手に利益が集中し、必要なヒト・モノ・カネをそぎ落とした競争

 これを数字でみるとどうなるでしょうか。巨大なA社から、B社、C社と並べてみると、どの会社もこの98年から10年間で6ポイントくらい、事業費率自体は改善をしている。これは、この10年間で格差は全く縮んでおらず、同じ相対関係にあるということです。これだけではみんな下がったなということで、事業費率競争の本質が分からないわけですが、その中身をみていったのが 図表18 です。
 A社、B社、C社で正味収保、正味事業費、従業員数、人件費について98年を100 して指数化したものです。A社は、98年に正味収保を100とすれば、2007年には110になっています。正味事業費は同じく93。要するに、事業費率が6ポイント改善したといっても、A社の場合は収保を10ポイント上げて、事業費は7ポイント下げるだけで、6ポイント改善した。次にB社はというと、収保はやっとのことで1ポイントあがり100が101になった。事業費は100が84と16ポイント下げた。1ポイントしか収保が上がらなかったので、16ポイント事業費を削減して、6ポイントの事業費率の改善をしたということになります。さらにC社はどうかというと、正味収保が10ポイント下がって90になってしまった。事業費を100から77と、23ポイントも大幅に下げて事業費率を6ポイント改善したということになるんですね。ですから、同じ6ポイント改善したといっても、このように、その様相は相当異なるということになります。これを人件費で見るとどうかを、C社で説明しますと、従業員数は98年を100とすると2007年は71です。2004年が72で2007年が71ですから、従業員削減はもう限界で、横ばいになっている、ということです。一方で、人件費をみると2004年から2007年で72から66まで下げている。このような数字をみると、削るものは限界に近いところまで削っていることがよくわかります。ここまで各社が効率化を進めざるを得ないという競争が進んだということになります。
 このような事業費率競争の内実をみると、一握りの大手のところに収保、利益が集中をしている一方で、損保全体で見れば、必要なヒト・モノ・カネがそぎ落されていった競争の実情が良くお分かりいただけると思います。「不払い・取り過ぎ問題」は、このような「自由化」の下の競争激化と全くもって密接不可分なもので、競争激化がいかに乱暴だったかということの顛末でもあるということになります。


■「不払い、取り過ぎ問題」の今日
◆新たな「自由化」のメニューが着々と実現
 ここからは「不払い・取り過ぎ問題」の今日ということになります。  以上のようなことであるとすれば、怪我の功名ではありませんが、ここまでやっちゃって「不払い・取り過ぎ問題」が出たのであれば「自由化」を反省すればいいじゃないか、ということに成り行きではなるはずなのですが、そうはならないところにこの問題の味噌があります。 図表19 は、「金融改革プログラム」で検討されてきたことと、今、「不払い・取り過ぎ問題」の対処として進められていることの対比表です。「不払い・取り過ぎ問題」が発覚したのは2005年ですが、それに先立つ2004年末に「金融改革プログラム」が打ち出されます。そして、この図表からずばりわかることは、要するに「意向確認の取り付け」とか「苦情処理対応」など、今、行われていることは、あたかも「不払い・取り過ぎ問題」の対処のように思えますが、見事なまでに「金融改革プログラム」の中で検討されてきた問題なのですね。要するに、「金融改革プログラム」で提起をされていた新たな「自由化」のメニューが、着々と実現をされているというのが「不払い・取り過ぎ問題」の対処だったということになります。

◆新たな競争は次の段階の「自由化」の資格競争に
 図表20 をご覧ください。  そしていま、全社をあげて「意向確認」の取り付けとか、「募集網の質の向上」を徹底して競い合うという状況が生まれています。損保には、私たちが新たな競争と呼ぶ、「お客様第一」を掲げて改革を競い合うという競争がはじまっているわけですが、今度は、これが昨年打ち出された「金融・資本市場競争力強化プラン」という、また次の「自由化」の段階への資格競争になっているという関係になります。この「プラン」は、欧米並みの競争ができる市場をつくる。そこに金融機関を動員して競わせる。それが市場の国際競争力強化になるのだという思想に基いています。ここに銀行・証券・保険などの金融業態が参画をしていくために、グループ化・巨大化をさせる。すなわち、コングロマリット化を強力におしすすめるということになります。金融行政の目的も、ずばり国際協力の強化ということが文字通り掲げられて、この資格競争をすすめて強い・弱いをはっきりさせていくことが、役割として位置づけられるということになります。

◆「その他大勢」を切り捨てるというなら、社会的役割蹴散らすことに
 こういう競争のなかで、すでにミレアホールディングスは―6月から東京海上ホールディングと社名をかえますが―、世界トップクラスの保険グループを目指すと、今いった資格競争で勝ち残るということを具体的にイメージした戦略を打ち立てているわけです。三井住友海上が持株会社化したということもこの文脈でとらえることができると思います。先ほどA社、B社、C社といいましたけれども、それぞれが2007年に到達している地点から、今度は世界レベルを目指して規模と収益を争う競争が展開されていくというのが、今の局面ということになっていきます。
 結局、東京海上や三井住友−これは三菱、三井、住友という財閥ということですが、ここに、資格競争に対応可能な企業グループとその他大勢という構図が生まれかねないということになっています。では、「その他大勢」をどうしようというのか。ここはまだわからないわけですが、損保産業というは「その他大勢」も含めてトータルで補償機能を提供していたわけですから、そこを切り捨てていくということになれば、まさに社会的役割を蹴散らすということになります。  保険募集の領域がすでにそうなりつつあります。 図表21 のとおり、代理店は、毎年山のように廃止をして、新設はその半分くらいと、どんどん減らされています。代理店は日本の隅々に損害保険を提供していく社会的役割を持つのですが、それをどうするかという論議がないままで、淘汰ばかりが進んでいくというわけです。


■「不払い、取り過ぎ問題」の明日
◆グローバル化とアメリカの歴史が警告する危機
 この競争の次の競争はどうなるのでしょうか。今、代理店の淘汰に触れましたが、「金融・資本市場競争力強化プラン」は損保もグローバル化する。東京海上もグローバル化で勝ち残るということですから、その先端を行くアメリカの姿を見ると大体の想像がつくということになります。 図表22 は、アメリカの損害保険の保険料率の水準が毎年グラフ化されたものです。日本でも、付加保険料率の「自由化」で、本格的な料率競争がはじまりかねないわけですが、保険料が「自由化」されて料率競争になるとどうなるか、というのがこのグラフです。そうなると保険料が安くなるのではなく、乱高下するということになります。これはアンダーライティングサイクルと呼ばれていますが、80年代前半にかけて保険料がグーっと下がって、80年代中旬に向けて急に上がったところがありますが、ここで「保険危機」という問題が起こっています。
 あまりに料率競争しすぎちゃったので、今度は引き受け拒否とか保険料引き上げで引き締めをして、社会全体で保険を購入することができなくなった、歴史的に保険危機と言われる事態が起こっています。次に 図表23 を見てください。「シッコ」という映画で有名になりましたけれども、アメリカの医療保険は先進国では異例ですが、民間の保険会社が行います。その医療保険で4000万人もの無保険者が生まれています。保険に入っている人も、保険会社が利益第一主義でやりますから、十分な医療なんて全然受けられないという事態が明らかになって、今の大統領選挙の争点にもなっています。保険会社が利益追求の塊になって社会をめちゃくちゃにする役割を担うというのが、今のアメリカの実態ということになるわけです。
 さらにいうと、 図表24 に示しましたが、「金融・資本市場競争力強化プラン」でどこにつれられていくのかという根っこの問題です。サブプライム問題を発端にした金融危機、そこから波及する実体経済の危機、その問題が毎日、新聞を賑わしていますが、グローバル競争自体が破綻しかねない大変な状況になっています。そこに動員されていくということになれば、損保の役割は根本から大きく揺らぐということになってしまいます。


■保険の危機を考えなければならない時代に
 簡単に損保の「不払い、取り過ぎ問題」の昨日・今日・明日をみてきました。  冒頭、保険の不払いで直接命を奪われないと申しましたが、 図表25 をご覧いただけますか。これは訳すと「アメリカよ、あなたの保険はキャンセルされました」と書かれた、「保険危機」のときのタイム誌の表紙です。アメリカの訴訟社会を背景にしている事情はありますが、「自由化」と競争激化で損害保険が機能不全に陥り、あまりに高くて保険に入れない、あるいは、保険会社から引受拒否をされて保険に入れないということで、アメリカ社会から補償機能が喪失をするという事態が「保険危機」だったわけです。そうすると、命を直接、奪わないとしても、保険に問題が生じるということは、社会が機能不全に陥るというところまでいってしまうということです。私たちは、「不払い・取り過ぎ問題」が出て、かえって損害保険の社会的役割が失われてしまう、社会が機能不全に陥りかねない保険の危機の深まりを考えなければいけない時代を迎えているのです。




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