全損保結成70周年記念シンポジウム 70年を語るパネルディスカッション たたかいとる力を高めるために企業の枠をこえて 2019年11月9日 於)主婦会館プラザエフ

浦上  次はパネリストの山本副委員長から出身支部である共栄支部が全損保を牽引した労災闘争について話をしてもらいます。

我慢して屈服するのではなく「おかしい」と声に出す

過労死と労災闘争の事実を風化させない

山本 山本  今回、記念誌の作成では、労災闘争を軸に記念誌の「反合理化闘争から命と健康を守るたたかいへ」を担当しました。毎年支部の書記局へ、かつて共栄火災で働き、過労死で亡くなった榊田さんのご遺族からりんごが届きます。労災認定を勝ち取った支部への感謝ということだと思います。大変恥ずかしいのですが、共栄火災で過労死があったということを認識していなくて、支部執行委員になったこととリンゴが送られてくることで初めて知りました。もしかすると、共栄火災でかつて労災闘争があったことを知らない支部組合員も少なくないと感じています。当時の支部機関紙を読むと、「この成果を教訓にこれを新たな出発点として、私たちの職場から再び犠牲者を出させない」とあります。再び犠牲者を出させないというのは当然のこととして、こういった事実があったことを風化させてはいけないと感じています。そして、犠牲者を出さないためにも、働きすぎに「歯止め」し、長時間労働の是正をはかっていかなければなりません。

過労死を生んだ環境は今も同じ

   1980年前後にいくつかの支部で起こった労災事故の共通的な原因・背景として、行政主導の損保『効率化』と過当競争が挙げられます。記念誌では、「1960年代後半、財界で『国際競争力に打ち勝つことができるように』という名のもとに産業再編が声高に叫ばれた。1969年5月に出された保険審議会答申は、自由化情勢を色濃くにじませたものであった。具体的には『経営の効率化』を大前提に@料率適正化の推進A競争基盤の整備B商品多様化の促進C担保力の増強をあげている。この保審答申は、その後の答申の下敷きになっており、過当競争など損保の歪みを生み出すこととなった。また、この時期はその後の積立戦争の発端となった積立型火災保険である長期総合保険(長総)の拡販競争が始まった時期でもある。損保業界では例を見ない販売合戦が展開され、管理強化と専制管理が行われた。示談付きの家庭用自動車保険(FAP)が1974年3月に発売されることで、自動車保険という主力商品にもおよぶ全面的な過当競争の時代に入った。1981年の保険審議会答申は黒船答申あるいは再編答申とも呼ばれた。競争原理の導入と1970年代から追求されてきた『効率化』をさらにすすめるため、各経営はオンラインシステムの高度化、多店舗展開など設備投資負担の増大を人件費抑制で切り抜けようとし、職場は過当競争もとで長時間労働が深刻になっていった」と指摘しています。
 当時の各支部がこの問題にとりくんだ事例では、会社ごとの「組織改定」による統合・合併があったばかりの職場、それにより広域担当となったり、減員された職場をよく目にしました。これも共通要因の一つだと感じました。また、当時、各支部が作成した資料には、亡くなる直近1ヵ月の労働時間の記録が生々しく記載されていました。私も、組合専従の前は営業現場、代販営業におりました。もう10年位経つので状況は今とは異なるかもしれませんが、今回過労死された方の労働時間を見たとき、当時の自分の労働時間は「(労災事故が)あってもおかしくない」長さだと感じ、少し背中が寒くなる思いがしました。

労働実態を改善するためには職場からの主張が大切

   行政主導の損保の効率化と過当競争についても、この時の事例からは40年ぐらいたっていますが、大きくは変わっていないのではないかと思いました。行政主導で言えば、近年では地銀に対する金融庁の指導がクローズアップされていますが、損保に対しも監督指針で主導する構図は変わっていません。過当競争も同様です。大手3グループを中心としたマーケットシェア争いが激化しています。当時とは、力点がかかる種目が変わっているだけで一緒ではないかと思います。また、政府が「働き方改革」を進めるとして、各企業でもとりくみが進められていますが、根本には効率化をはかるための労働生産性の追求があり、何も変わっていません。さっきまで一緒に働いていた職場の仲間が突然亡くなってしまうということが、現実に起こりうるという意識を持ち、それを起こさないように、長時間過密労働の是正を含めた労働実態改善にとりくむ必要があると思います。近年、大きく報道された電通の「過労自殺」では、長時間労働が原因といわれていていますが、報道を見る限りではいわゆるパワハラ的な要素もあったのではないかと感じました。もしそうであるならば、長時間労働が是正できても根本的な原因は変わらないわけだから、同じ時間内でより効率的に仕事をやれというパワハラもありえます。職場の視点、組合だからわかることもあります。職場から主張することが大切ではないかと思います。実際に皆さんの職場で、労働実態が悪いとなったときに、どのように改善していくのかということですが、課題解決の筋道として、産業的な課題・問題は産別組織の全損保でとりくむ、企業内での個別の課題であれば、まずは支部がとりくみ解決をはかるということになります。ただそこで困難があれば、各支部が支援するということです。身近な職場で何か問題があったときに、一時的なもので我慢をすれば展望が開けるということはあると思いますが、何の展望もないままに我慢をすることは、それは屈服です。非人間的な職場にどっぷりつかってしまうと、仕方がないとか、何をしても無駄だ、他よりはましだと、思考も現状を肯定する方に傾きがちになります。そうならないために、何かおかしいぞと思った時には、機関役員に連絡してほしいと思います。やっぱり職場から声が上がらなければ、何も始まりません。そうした時、山本という機関役員がいたなと思い出してもらえるような役員になれるように努力を続けていきたいと考えています。
浦上  荒木さんからも労災闘争について補足をお願いします。

本人を救うとともに二度と被害者を出さないために

荒木  労災闘争の意義について、先輩から聞いたことが二つあります。一つは、記念誌33ページに写真がある村松労災闘争です。松江労基署へ大阪や東京から多くの仲間が、バスを仕立てて支援に駆けつけました。これを見た松江労基署の監督官が、「これだけの費用をかけるのだったら、このお金を被災者にカンパしたらどうなんだ」と言ったそうです。それに対して全損保幹部が答えたのは、「労災闘争は本人・遺族を救済すると同時に、同じことを二度と発生させない、それがとりくみの目的です」と応えたそうです。関心を持ち、これだけ多くの仲間が行動していることを経営と職場に知ってもらうことが、労災闘争では重要なのだと思います。二つ目は、日本火災で生じた過労自殺です。その原因は、代理店の特級格上げを担当した営業社員が、ストレスと長時間労働に耐えられなくなり、鉄道に飛び込み自殺した事件でした。当時、「過労」や「過労死」ましてや「過労自殺」などという言葉がなかった時代に、本部や弁護士の支援の下、最終的に労災に準ずる形で見舞金を払うということで会社が解決をはかりました。まさに過労自殺を先駆的に認めさせた闘争です。全損保の労災闘争がなければ、経営を動かすことはできなかったと思います。




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